6:やるべきこと
あてがわれた小屋へ戻る道すがら、首に巻き付いてきながらシロが言う。
「クロ?」
「なんだ?」
「機嫌悪いね」
「そうか? そんなつもりはないんだがな」
口元に指をやる。への字にはなっていないと思う。
「そんなクロにお仕事だ。この村の困った習わしをぶっ壊そう! 死が澱んだ原因も黄昏がわいてくる原因も全部それだ!」
シロが肉球を突き出してくる。指を立てて講義をしているつもりなのかもしれない。良くてハイタッチの要求、普通にみれば肉球スタンプが精々だ。様にならない事甚だしい。
俺は慣れっこになった溜息を一つ。
「具体的には? この前みたいに何もかもぶっ殺すだったら、言えることは何もねぇぞ」
「死者の弔いが出来てないのが一番の問題だからね。生きている者が死者に対し別れを告げ、区切りをつける、そういう儀式が欲しい。そうしないと命は廻らず死もまた廻らない。命も死も廻るんだって印象付けられるものだとなお良いからそれもお願い。それから、土葬は止める方向で。本当なら土に還るから廻るイメージなんだけど、黄昏が現れるようになった直接の原因が亡骸の放置だったから、きっと埋葬しても死の澱みは消えない」
分かる気はする。長く続いてきた断崖からの遺棄という行為の繰り返しは、文字通り物理的にも、精神的にも積み重なっている。大地に還すのではなく捨てる事のだと住人達の心にも深く刻まれている。それでは、別れを告げられない。おそらく後悔の念が生まれるだけだろう。
「なるほど、注文が多いな」
「まあね、でもそれくらいしないと壊せないと思うよ。確かに、さっき君が言ったみたいにみんな殺しちゃえば、取り敢えずは何とかなるけど、僕はそんなことがしたい訳じゃないからね。それから、期限は出来るだけ早く。深夜には一人亡くなるから」
「助けるのは無理なのか?」
義理はないとしても何も手を尽くさないのも気分は良くない、結局は自己満足だが。
「無理だね。命の炎がもう尽きてる。死を払ったとしても、いや払ったらそこに残るのは生ける屍、黄昏よりも質の悪いものだよ。僕は神なんかじゃないからね、運命を捻じ曲げるなんてマネは出来ないよ」
「十分色々好きなようにやっているように見えるがね」
「明日の天気を晴れにはできるかもしれないけれど、槍を降らす事は出来ないって感じ? 晴れにするのだって、別の所でその分余計に雨が降ってどこかの川が氾濫しているかもしれないしね。そんなに便利には出来ていないんだよ、残念なことに」
だからこそ、そう言い置いて、シロは俺を真っすぐに見る。
「その舌先三寸、期待してるよ?」
言ってニャアと鳴いたシロの顔がチェシャ猫のようだなと思ったというと、一体どちらに対して失礼ということになるんだろうな。
「邪魔するぜ」
もう少し見たいところがあるというシロと別れ、俺は俺でサリュの小屋へと向かった。壁や屋根は日乾煉瓦で作られているが扉は織物なので、その横に吊るされた古ぼけた木札を4回ノックする。返事はなかった。今度は8回。またしても返事はない。なので、次は16回。
「うるさい!! あんた何の用よ!!」
バサッと布が跳ね上げられる。最後にあったままの姿のサリュが出てくる。ちらりと見えた部屋には横になっているリュートの姿も見えた。少なくとも隔離せずとも問題ない、そんな判断が下されたと言う事でよさそうだ。
「ああ。ちょっと確認したいことがあってな。嬢ちゃん、瀕死の奴を谷底に捨てるのを止めたいと思うか?」
「なによ、それ」
「なにって、弟を連れて逃げ出したのは、だからだろうと思ってよ。何とかしたいと思うか? どうよ。ま、その意思があればよし、なければ勝手にさせてもらうだけの話ちゃあ話なんだが」
「まさか、村に何かするつもり、そんなの許さない」
サリュの体が薄く光る。正確には細かく刻まれた紋様が光を帯びている。なるほどこれが紋様の加護という奴か。
「なら聞くか。聞いたら無関係ですって顔は出来なくなるけどな」
「それは、シロ様も関わっているのよね」
シロ様、ねぇ。確かに神様みたいなものに見えるよな、変な猫だけど。
「だな」
「この村にとって、いえ。みんなにとって良いことって胸を張って言える?」
「悪いようにはならんだろうさ。で、嬢ちゃんが片棒担いでくれると、割と助かる」
少なくとも死の澱みは取り除く。その結果命は正常に廻りだし、緑の土地に戻るだろう。どれだけ時間がかかるか想像も出来ないし、不本意だったとはいえ長く続いてきた習わしを1日で変えようというのだ、どんな歪が生まれるかわからない。
「分かったわ。協力してあげる。でも、あんたや、シロ様の為だけじゃない。私がこの先胸を張って生きていけるように、いつか私に出来る精一杯をやったって未来の自分に言えるように、よ」
「上出来だ、嬢ちゃん」
「それから」
「ん?」
「私の名前は、サリュよ。嬢ちゃんじゃない。いい加減覚えなさい!!」
耳朶を打つ声。瞳に宿ったそれと同じものが響く。答えるようにサリュの赤髪が揺れた。赤は情熱、燃え盛る炎、そういったものの象徴ともされる。こちらでもそうだろうか。きっとそうなのだろう。いや、そうでなければいけない。そうでなければ、ふさわしくない。
「そうかい。ならこの後、サリュお前には皆の前で宣言してもらう。いやとは言わねぇよな今更」
「当たり前よ。だから、何をするのか全部教えなさい!!」
「元からそのつもりだよ」
威勢良く吠えたサリュに俺は笑いかける。少し怯えたそぶりを見せたような気もするが、そんなことはどうでもいい。優先するべきことがある。
ああそうだ。やるなら徹底的に、だ。
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