5:後悔と諦観
「まずは、孫たちを助けて頂いた事、感謝いたします」
日乾煉瓦で作られた住居で俺は集落の村長に頭を下げられていた。シロは集落の子供たちと遊んでおりここにはいない。なので、何もしていない俺としてはひどく居心地が悪い。どうしてこうなった。
まず、サリュの案内で集落には無事に辿り着いた。黄昏との遭遇地点からさほど離れていないかつては渓谷だったろう断崖の上に形成された小さな集まりだった。先祖伝来の土地であることと辛うじてまだ湧水地があることで存在しているが、若い男手はその殆どが周辺の町へ出稼ぎに出ているのだという。身長程の柵に囲まれた集落内にはサリュと出会った時の状況からもすんなりとは入れると思っていなかったのだが、リュートの病が治っていると認められると拍子抜けするくらいあっさりと通れてしまった。命は助からないと諦めるような高熱がほんの数刻の内で平熱にまで下がっていれば信じざるを得なかったという所か。
出てきた村長に他の感染者の治療の申し出と異常についての話を伺いたいと告げるとそのどちらも受け入れられ、シロは治療に駆り出された。「承った」と叫ぶシロに、村人たちは腰を抜かさんばかりに驚いていたが、シロは気にせずサリュの肩に乗って機嫌よく運ばれていった。
村の隅に作られた隔離用の住居に病人は10人いた。1歳の子供から50代まで一揃い。ただ、50代の男は俺には70歳位にも見えた。環境の過酷さの所為だろうか。栄養状態も決して良いとは言い難く、紫外線暴露の影響もありそうだ。今目の前にいる村長もサリュの話から考えれば50代前半の筈だが、よくて70代といった所だ。小さくとも長となれば村という集団の維持のために決断を迫られる様な心労も多いことだろう。
サリュとリュートは村長の孫だった。両親はリュートと同じ病で以前に亡くなっており、今回リュートまで罹ってしまい誰もが匙を投げた所をサリュが連れ出したのだそうだ。
「俺は大したことは何もしていないので、シロの方にそういうことは言ってやって下さい。きっと喜ぶでしょう。それに、病を癒せはしましたが、回復できたわけではありませんので、お礼を言ってもらえるような結果になるかどうかは、まだわかりませんよ」
一応社会人というものをやっていたこともあるので、それっぽい真似は出来ないこともない。ボロが出そうなのであまりやりたくはないが。
病人たちは全てシロが病の治療は行った。が、村長にも言った通り体力の回復まで出来ている訳ではないので、正直な所全員が助かるとは俺も思っていない。
「それでも、礼は述べさせていただきたい。大切な孫を二人とも失わずに済みました。村人たちもこのままであれば全員が死にさらに犠牲者が出ていたかもしれません。それをあなた方は救ってくださった。それだけで十分なのです」
「そう言って頂けるならこちらも「ふぃー。揉みくちゃにされたシロただいま到着ってクロが気持ち悪い言葉遣いしてる。これは明日で世界が滅びるかもしれない」
不意に戻ってきたシロが非常に失礼なことを宣いやがった。確かに口にしている俺自身、据わりが悪いというか落ち着かない気分に自分でなってはいたが、ポンコツ猫に言われるのは話が別だ。大体、俺が敬語を使うと世界が滅ぶとか因果関係は一体どうなってやがる。
「説明しようか。まず、君の敬語を聞いた人たちが原因不明の悪寒に襲われて何日か休むことになるだろ。そうすると作業効率が大きく減退するからその地区の生産量が大幅に低下して貧困が蔓延る。そうすると疫病の発生や治安の悪化が起きて、その打開に侵略行為が始まる。ほら、滅亡に向かっているじゃないか」
風が吹けば桶屋が儲かる並みに回りくどい! 大体それだと滅亡までに時間がかかってて、明日滅ぶのは無理だろ。結局来なかったアンゴルモアの大王みたいに言うな。あれも別に世界滅亡の予言ではなく単に隣国がそろそろ駄目かもとか言う単なる日記だって説もあるんだったか。
いや、そんなことはいいんだよ。取り敢えず、あとでシロを呼び出すのは決定として、いまはそれよりも確認しなきゃならんことがある。
村の中をうろついてたのもどうせ確認の為もあったんだろうしな。
「失礼しました。シロも戻ってきましたので、お話を聞かせて頂いても?」
まだしゃべり足らなさそうなシロの口を両手で鷲掴みにして止める。村長が信じられないようなものを見る目で俺を見る。言葉にするなら、よろしいのですかそんなことをして、だろう。
彼からしてみればシロは神にも等しい救い主で、俺はその従者という所だ。その従者がいきなりこんな暴挙に出ればまあ、驚きもするか。
「いつもの事なので気にしないでください」
「いつもじゃニャー、ムグっ」
一応フォローを入れるとシロが抗議してきた。黙れ話が進まん。何から尋ねるかと考え、はたと気が付いた。具体的に何を問えばよいのか判断ができない。
此方に来てから俺の感覚で一か月程度。何が此方の常識なのか想像は出来るが確信は出来ない。シロの言う手伝いも一つ目は勢いのままに巻き込まれ、殆どシロが一人? 一匹? で状況を収束させたようなもので、俺にとってはこれが初と言っても過言ではない。
おかしなことはないか? 漠然とし過ぎている。
黄昏の出現について聞くか? 正直黄昏の脅威度がどれくらいのものかわからない。得体が知れないものとは分かる、しかし得体の知れなさだけで言えばシロも十分以上にタメを張る。
がっちりと押さえつけていた手を緩めた。解放されたシロが俺の頭に上り、ジタバタしだす。ポコポコポコ。痛くはないが視界は揺れる。ああ、鬱陶しい。
「悪かった」
ポコ。
一回大きく視界が揺れて、シロは俺の頭から降りた。
「まだまだ勉強不足だね」
うるせぇよ。だったらもう少し此処の事を教えやがれ。
「ごめんねぇ。クロはまだまだ不慣れだから」
「いえ、シロ様の御心のままに」
「やーめーてー、シロって呼んでー」
この集落に来てから何度目かのやり取りの後。
「この村では、死者の弔いをしていないよね?」
「それは……」
シロの問いに村長の顔が曇る。覗くのは後悔と恐怖か。
「責めるつもりはないよ。だから、聞かせて。なぜそうなったのか」
「……分かりました。お話いたします」
こうして村長の話は始まった。
さして長い話でもない。始まりは村長が幼いころ、熱病が流行り多くの死者が出た。埋葬も間に合わず村の片隅に亡骸が積み上げられた程だったのだという。そして、其れは起きた。
熱病に罹り死の淵にあった患者たちが次々に黄昏へと
それでも、生き残った村人はどうにか黄昏を村人達の亡骸とともに谷底へと落とし、九死に一生を得た。以来、瀕死となった村人は息絶える前に断崖から谷底へと、言葉を選ばないのであれば、捨てられる。それが習わしとなった、と。
「わしは、大勢を、息子もその嫁も己の手で殺したようなものです……。これからも殺さねばならないのでしょう。ですが、あの子達には継がせたくない。背負わせたくないのです」
そう言って村長は言葉を詰まらせる。悲しみがあり、後悔があり、恐怖があり。けれど何よりもその根底に、諦観があった。
確かにこれなら、あの大げさとも思える感謝にも説明がつく。サリュがリュートを連れて集落を抜け出したのも。てっきり治せる医者の所を目指していたのかと思っていたが、殺される弟を助けたかった、それだけだった。なんて救えない。本当に救いようのない。だからこそ……。
「ありがとう、よく分かったよ。最後に、もう一つ。あの狼の黄昏はいつから現れるようになったのかな?」
「それは―――」
答えを聞き、俺たちはその場を辞した。
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