2:荒野に彷徨う
そこはまさしく荒野という言葉が似合う光景だった。緑の木々はどこにも見られず、枯れ木にしか見えないライターの火を近づけた途端に燃え上がりそうな灌木が所々に辛うじて生えている。風が吹く度に足元をサラサラと渇ききった砂が流れていく。
不毛の地は、大抵の場合肥沃な土壌の流亡から始まると言える。水は高いところから低い所へと流れ、その際に土壌を削り取っていく。すると植物は生育の為に根を伸ばす場所を失い枯れ果てる。土とは極論岩石が砕けてできた砂に植物由来の有機物が混合したものなので、植物が無くなればそれ以上土が作られることもなくなり、失われる一方となり残るのは岩ばかりという結論に落ち着く。
実際には緑豊かな土地であれば、張り巡らされた植物の根によって土壌の流出は最小限に抑えられるだろうし、落ち葉によって有機物の補給も行われるのでそうそう枯れ果てると言う事もなかった筈だ。また河川の付近の土地であれば年に何度かあるであろう川の氾濫によって肥沃な土壌が上流より運ばれてくるので、不毛の大地となることは少ない。川の源泉はたいてい緑豊かな山中にあり、そこから土が運ばれてくるという具合だ。
気候によっては雨がほとんどない土地で頻繁に灌漑を行うことで、土壌中の塩分が地表近くにまで毛細管現象で集まり、海が近くにある訳でもないのに塩害が起きることもあるにはあるので、土壌の流亡だけが原因とは言い難いんだが。
まあ、何より一度その悪循環に乗っちまうと何が原因だったのかさえ分からなくなって、全ての要因を一度に解決しなくては何も変わらなくなってしまうなんて言う厄介極まりない笑えない話が待っている。
「死がこびり付いてるね。これじゃ命も根付きようもないよねぇ。何とかしないと」
首元でのんびりと、けれど切実さを滲ませた声が響く。いきなりしゃべるな、耳が痛い。しかし、ああこっちじゃそういうルールになるのか。前の時はそんな余裕もなくて気にも留めてなかったな。改めて聞くとなんとも妙な感じだ。
魂が廻るのと同じように死という概念もまた廻るって感じかね、いまいちよく分からないがそういうルールなら一先ず受け入れよう。そうなると土壌の流亡とかは関係ないってことか。長々と考えていたのがバカみたいだな、おい。
「クロの考えで大体あってるよ。死が澱むことで、芽吹きが悪くなったり枝の伸びが悪くなるといった良くない事が起こり易くなるだけの話」
だけ、で済ましていい話じゃねぇだろ、それ? いや、それを何とかする為に俺らがこんな旅をしているだろうといやあ、そういう話なんだが。
「そうだね、だからどんどん行こう」
ヌッと白い三角の耳に縦に割れた瞳、実にピンと張った立派な髭を付けた猫が鼻と鼻がくっ付きそうな位間近に現れた。これ、下半身が俺の首にしっかり巻き付いてるんだが、かなり可笑しな事になっていやしないか? 視界の隅で、胴体部分がやけに長く伸びているのが見えるんだが、関節や骨の長さやらを無視してないか。首に巻き付いている部分も骨入ってるのか? と首を捻りたくなる位首周りにピッタリくっ付いているわ、毛並みが滑らかなのもあって違和感ないわ、少々首をかしげても大した抵抗もなく顎や頬骨がコイツの下半身に埋まるんだが?
「なあ、シロ。猫って液体だったか?」
「そんな筈ある訳ないよ。骨入ってるよ、触ってみる?」
「いらん。それよかいい加減暑いから、首から離れろ」
さっきからずっと本来なら風が抜けていくべき首のところに毛玉がくっ付いていて暑苦しいどころか実際暑いんだよ。
雲一つない突き抜けた青空の下、これまた日陰一つない荒野でギラギラなんて書き文字が似合う太陽が照り付けている。朝からずっと歩き詰めで、そろそろキツイ。ラクダが欲しい、こっちにラクダなんて生き物がいるのかどうかも今の俺にはわかりもしないので、無駄な願望である可能性は大いにあるが。
「いやだよ。猫の足で人間に追いつける訳ないでしょ。大体こんな焼けた地面の上を裸足の猫に歩かせるつもり?」
うるせえよ。猫の方が人間よか早いだろ絶対。それに裸足の猫って何だ、裸足の猫って。長靴履いてるのが普通みたいに言うんじゃねぇよ。
「普通だよ。でも人間に見られると捕まって売り飛ばされるから。だから、普段は裸足で我慢しているんです」
だったら、今は別に長靴履いても問題ないよな、俺の他に人間なんている気配もないし。
「いやいやこの辺りに集落があるのは確かだからね。急に出会ったときに猫が直立歩行なんてしていたら大事になるかもしれないだろ。だから僕はクロの首に巻き付いているんだよ」
「何がだから、だよ。いい加減離れろ」
「にゃー、やめろー」
シロの首がどこかよく分からないんで適当に掴んで引っぺがすと、背中だったらしい。掴んだ所から畳んだみたいな、ちょうど前屈でもしている格好になった。しかし、これ本当によく伸びるな。実はゴム製だったりしないか?
上下に揺らして遊んでいて油断があったのもあり、シロがするりと抜け出し腕に取り付いた。そのままズリズリと腕に張り付いて登ってくる。猫の動きじゃない。お前いったいナニモンだ?
「猫は液体なのですよっ」
さっきと言ってることが違ってないか? そのまま肩に辿り着き、そこに収まるのかと思いきや、後ろ足が俺の首を挟むように肩に踏ん張り、前足と頭が俺の頭のてっぺんに乗り、胴体が後頭部を覆うような感じになったっぽい。ちょっと頭が重いが、直射日光が当たらなくなったと考えれば変わった中々に可笑しな趣味の帽子を被ったと考えてもよいかもしれない。後頭部はものすごく生暖かいんだが。
「レッツゴー!!」
あとかなり喧しい。
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