黒白

此木晶(しょう)

廻らぬ命の送り方

1:夢の中にて

 眠りは、時間制限付きの『死』なのだという。

 確かに夢はあくまで脳内情報の整理の結果生ずる現象に過ぎず、体は寝返りをうつイビキをかく等の反応を起こすだろうがそれらは単なる反射であり、眠っている間に己の外側を認識は出来ない。

 強制的に外部と切り離されてしまう脳死というものが『死』と定義されるならば、眠りもまた目覚めという再誕が約束された『死』だ。

 だから、眠りの都度あの出会いが繰り返されるのは当然なんだろう。


「や、初めまして」

 軽い調子の挨拶に、ヘラヘラとした薄笑いを浮かべる青年の姿を幻視した。実際には、このぼやけた何かをなんと表現するべきか、首を傾げるしかないのだが。

「意外に落ち着いてるみたいで吃驚なんだけど、君前にもこんな経験したことあるの?」

「ないな。ある筈もない。だが、よく似た状況なら担当の眼鏡に書けと言われたことはある」

 どうやら神様という奴は意外に想像力に欠けるらしい。もしくは人間の想像力が多彩過ぎると言った方がまだ夢があるか?

「ごめんね、どちらも外れかな。僕は神様なんて大層なものじゃないし、人間の想像力が僕から見ても突拍子もないのは事実だけど、多彩とは言い難いよね」

 中々に辛辣なことを言ってくれるが、かと言って同意を求められても困る。

「当たり前のように思考を読んでくるんだな」

「まあね。君の認識に合わせてるとはいえ、調律者としてはそれ位のことができないと面目が立たないし?」

 この軽い調子の何かに色々問い詰めたい事は多いが、まずは幾つか答えてもらおう。

「ここは何処で、お前は何で、目的は何だ?」

「うわ、端的。気が短いって言われない?」

 質問に質問を返すな、とでも言えば満足か。交渉なのか、勧誘なのか、脅迫のつもりなのかは知ったこっちゃないが、要件をとぼけたままで話を進めようとすると碌なことにならないと忠告はさせてもらう。

「うーん辛辣だねぇ。じゃあ、忠告通り話を進めようか。ここは君でいう所の異世界の入り口。安心していい。死んだ訳じゃないから。どっちかと言えばこっちにも来ているって感じかな。目的は君に僕の仕事を手伝ってほしいってこと。手伝ってくれたらお礼はするよ。僕が何かっていうのは。そうだねまずは君の名前教えて。言いたいことはいろいろあるとは思うけど、それがないとどうにも定義できない」

「―――」

「じゃ、クロだね。僕のことはシロって呼んでよ」

 まるで猫の名づけでもするようだ、と思ったその瞬間、靄がかかったように霞んでいたシロと名乗った何かの姿が猫の形をとった。白猫だ。

「ニャー。君たちはやっぱり面白いね」

 何が楽しいのか満面の笑みを作るシロ。ご丁寧に右手を挙げて招き猫のポーズをとる。

「君の認識に合わせたって言ったろ。君が猫の名づけみたいって思ったから、僕に対する認識が猫になったって感じ。あ、だからと言って今からトカゲや犬に変われって言われても困るよ。この格好楽だから気に入ったし」

 白猫まで想像した訳じゃないんだがな。確かに最初に連想した軽薄な青年を猫に落とし込むとこんな感じの真っ白な猫になるかもしれない。若干四肢が短めな気もするが、楽な格好と言っているから気が抜けているんだろう。あと、変われない、とは言わないらしい。

「そうそう、流石僕が選んだ君だ。僕はどうしても僕としてしか世界を見る事が出来ないから、君のように全く違う方向から見てくれる相棒が欲しかったんだ」

「拒否権はないんだろうな……」

「そうだね、どれくらいの旅になるかわからないけれど、付き合ってもらいたいな。そうしたら解放もするしお礼もする。悪い話ではないと思うよ」

 首を掴み、シロを摘まみ上げる。『おお? これはこれで新しい体験!!』と何やら楽しんでいる猫と目線を揃える。納得しようが出来まいが手伝うのはもはや確定事項だろう。

「一つ目。一般的にお前の物言いは脅迫っていうんだ。二つ目。具体的な事を言わずに始める交渉は詐欺と言われても仕方がねぇ。三つ目。結局お前は何なんだ?」

 白猫はニンマリと笑う。

「一つ目は、断れないお願いってことでよろしく。二つ目は、やだよそんな面倒くさい。具体例出し始めたら数が在り過ぎてそれだけで世界が滅んじゃう。三つ目。僕はシロ。この世界の命の流れを正すなんてことを仕事にしている、調律者の一人さ。質問は終わりだよね。じゃ行こうか、クロ。楽しい楽しいお仕事に」

 するりと抜け出し、俺の首に巻き付いた。


 そして。

 いつも息苦しさを感じて目覚めれば、離れた場所で丸くなっている筈のシロが胸の上で仰向けになって寝ている。一度シーツで丁重にくるんだ後、木の枝に吊るしておいたが、その時はいつの間にか抜け出して腹で口と鼻を塞いできて息苦しいどころの騒ぎじゃなかったな。

 そして、掴み上げるといつもこう言ってくる。

「やあ、おはよう」と。

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