神の贋作は答えを聞く -4
ミシェルの家でもある侯爵家の屋敷は、その地位に相応しい佇まいをしている。
「それでは、こちらで少々お待ちください」
無表情なハウスキーパーがドアを閉めるのを見ながら、エヴァはぐるりと観察をした。
通された部屋に置かれた調度品はどれも眩しいものばかりなはずなのに、どこかまがまがしさも存在する。鳥の紋章が多いのは家の紋章なのか、ティーカップなども細やかなところから壁にかかる絵画にも描かれていた。
(鳥……ヘロンベル教で鳥の紋章なんて見た事がない)
ここ最近聞く夜明の鷹をつい連想してしまい、あまりいい気分ではない。
しかしそれも、一瞬の話。すぐに前へ顔を向けると、テーブル越しに座るミシェルと目が合いどう反応すればいいのかわからなくなっていた。
「エヴァ、その……今日はわざわざありがとう」
「私こそ、ミシェルの今の家にこれて嬉しい」
やけにぎこちない会話になっているのは、他でもない自分達がよくわかっている話だった。
(普段ならそこまで意識しないのに、どうして今日に限ってここまで意識してしまうの……)
おそらくであるが、エヴァ本人が一番どのような顔をするべきかわかっていなかった。昨日の告解部屋を通し、ミシェルの心の声を聞いて。それで普段通りの顔を作れるほど、エヴァの心は強くない。しかしそれはミシェルも同じ様子で、もぞもぞと落ち着きなく目線を動かしていた。
「ね、ねぇエヴァ」
「なに?」
「その、えっと……」
あまりに強く思っているのかノイズのかかった心の声と、それに反するよう恥ずかしそうに目を伏せるミシェルの様子に、エヴァは会話のきっかけを見つける事ができなかった。
(せっかく自分の言葉を告解部屋とはいえ伝えられたのに、これでは逆効果に……)
項垂れるように、小さく首を横に振る。
『なにをよそよそしくやっているのだ、この二人は』
(それは私が、一番聞きたい事です!)
視界の端で聞こえたリベリオの心の声に、顔をしかめる。告解部屋で確かにやり取りはしたが、まさかここまでよそよそしい反応をされるとはエヴァも思っていなかったから。
(あぁやはり、人の心はわからない……)
ミシェルの話を聞かなければよかったのかと、そう思えてしまうほどに。
ミシェルとは、昨夜の事で少しでも距離が縮まったのではと錯覚していた。しかし蓋を開ければそうでもなく、かなり距離もある。心の声で聞こえるそれも同じで、エヴァは小さく首を傾げる。
(やはり美しいはわかりません、先生……)
そんな、誰にも話す事ができない悩みをそっと胸にしまい込みどれだけ経ったか。
出された紅茶が冷めてしまう頃に、ミシェルの方がおもむろに立ち上がった。
「ち、ちょっと私、部屋に忘れものを取りに行くわ……どうぞごゆっくり!」
『もう無理限界! どんな顔して話せばいいのかわからない!』
先に弱音を上げたのはミシェルの方で、どこかわざとらしく部屋から飛び出していく。顔まで真っ赤にして、揺れるゴールドカラーのイヤリングで飾られた耳は、それこそりんごのようだった。
「ミシェル、顔が赤くなっていましたが熱でもあるのでしょうか……」
「まぁ、そうかもしれないな……」
『本当にシスターは、苦労するなぁ』
「リベリオ様、筒抜けですよ」
肩を落としながら、ティーカップへ目線を向ける。
冷え切ったそれはゆらゆらと水面を揺らし、琥珀色にはエヴァを映している。ふう、と深く溜息をついたところで、ドアがまた開く音が聞こえた。
「あぁ申し訳ございません、少し前の予定が押してしまいまして」
顔を出したのはミシェルではなく、この家の主である侯爵。
その姿を見るなり、エヴァとリベリオはその場に立ち上がりながら小さく頭を下げた。
「いえ、こちらこそ突然押しかけて申し訳ございません」
祭司の仮面を被ったリベリオが、エヴァを隠すように挨拶をする。
リベリオなりに、警戒をしているのか。その理由はわからずとも、隠しきれない緊張は心の声から伝わってきた。
「……どうぞお二人とも、腰を下ろしてください」
促されるように、また応接用の綿が多いソファーに腰を下ろす。
「それで本日は……あぁ、そうでした。寄付の件でしたね」
建前で出していた要件を思い出し、リベリオはすぐに顔を作る。ミシェルから事前に聞いていた通り、根回しはされていたらしい。
(寄付かなにか知りませんが私のやる事は、彼の声を聞く事……)
じっと、侯爵にエヴァは視線を合わせる。どこを見たところで、エヴァに心の声が聞こえるのは同じ事であったから。
『ローラも、突然寄付など言うからなにかと思えば』
聞こえてきたのは、少し苛立ちが見えるものだった。
それだけで、今回の話を侯爵が乗り気でないとわかってしまう。
『しかし、なぜわざわざ今日なんだ……』
(夫人が今日にでも、とおっしゃるのできたのですが……先約でもあったのでしょうか)
ならばなおの事、なぜ夫人がこのような事をしたかエヴァにはわからなかった。
現に聞こえてくる声はどれもこの状況への苛立ちばかりで、不倫のふの字も聞こえてこない。そもそも、そんな事は最初からないのではと思えるほどだ。
そんな時間が、どれほど続いただろうか。
どれだけ聞いても結果のないそれに目を細めた時、トントン、と分厚いドアを叩く音が聞こえた。
「……入れ」
「お客様がいらっしゃるところ申し訳ございません、旦那様」
『タイミング悪かったかな……』
顔を出したのは、先ほどの無表情な女性とは違うハウスキーパーだった。しかしその顔は屋敷についた時に見ていた一人のようで、エヴァに心の声が聞こえてくる。
「どうした」
「それは……」
彼女は、薄く汗を浮かべながら目を泳がせている。いざここまできたけどどう言おうかと言いたげだったが、不本意に聞こえてきた言葉ではない声にエヴァは目を丸くする。
『ミシェルお嬢様が、ピアノのレッスンのお時間なのにお部屋にいらっしゃらないだなんて……お客様の前で言ってもいいのでしょうか』
「…………え?」
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