神の贋作は答えを聞く -3
その訪問は、エヴァにとって招かれざる客である他なかった。
夜も遅いからとミシェルが結局教会に泊まる事になった、それから数時間後。普段通り夜の告解部屋を終わらせたはずだったそこに、ぎぃと人が入ってくる。普段受けるのは、一日一人。すでに今日の相手は終わっているから、これはミサにきていない人の可能性がある。
(時折ありますが、さてどうしましょう……)
断る事も、もちろんできる。
あなたはミサに出ましたかとか質問をして、適当な理由もつけられる。今回だってそれをしようとしたが、ある事に気づきエヴァは言葉を紡ぐのをやめた。
(あれは……)
小窓の向こうに見えた、少し派手と言っても過言ではない装飾の服。それをエヴァは、今日の昼間に見ている。
「ここが、ピクシー様の告解部屋……まさかとは思ったけど、本当に夜に開いているのね」
(この声、間違いない……ミシェル!?)
なぜここにミシェルがいるのか、エヴァには理解ができなかった。
ミシェルの事はよく知っているが、熱心な信者というわけではない。むしろ自分が自分の道を作ると言い張るようなタイプだとエヴァは知っており、だからこそこの告解部屋とは縁がないとばかり思っていた。
「ピクシー様には、私は珍客よね」
どうやらそれは、自分でもわかっていたらしい。
なおさらなにも言えなくなってしまったエヴァは、そっと呼吸を整える。声でバレたら、洒落にならないと思ったから。小窓越しで籠った声が今は有難い。
「……本来でしたら正規の手順でのみお話を伺うのですが……いかがされましたでしょうか?」
「……友達に、謝りたいの」
(とも、だち……?)
少しだけ想定外の言葉に、エヴァは目を丸くする。
「そう、友達……ずっと昔に傷つけてしまった、大切な唯一の友達」
『今日の彼女を見て思った……彼女は私を、許していない』
「っ……!」
心の声からは、彼女としか聞こえない。けどそれで、エヴァにはそれだけだじゅうぶんだった。その一言で、ミシェルがなにを言っているのか理解ができる。
(けど、どうして……許されてないのは、私の方なのに)
あの時、エヴァはミシェルの心の声に触れてしまった。だからこそ、あのような仲になったと思っていた。
「私ね、小さい頃孤児院で育ったの。そこで仲の良かった子がいてさ……気弱だし私の後ろにずーっとついてくるし、かと思えば変な時にはっきり物事は言う、おまけに誰も言っていないのにまるで心の声を読んでいるのではって思うくらい感がいい子だった」
(確かに当時は、心の声の事を深く考えていなかったと言うか……それよりミシェル、それは私の悪口になるのでは?)
かなり好き勝手に言われていると思ったが、話はまだ終わっていない。
「けど、彼女の言っている事は正しかった……正しかったのに、あの子に強く当たって、彼女を悪者にした」
『ごめんなさい、エヴァ』
「っ……」
(ミシェル、そんな事を……)
エヴァは、ミシェルを恨んだ事などなかった。
しかしそれを今、彼女にどう伝えるのが最善かエヴァにはわからない。つくづく、自分の無力さを痛感する。
(けど、ここで声をかけないと……きっと私は後悔する)
拳を握りしめて、頭をフル回転させる。らしくないと、告解部屋のシスターらしくないともちろんわかっている。それでもエヴァは、ここで引きたくなかった。
「……顔を上げてくださいレディ――彼女は、あなたを恨んでなどいません」
これがピクシー様としてなのか、それともシスターエヴァ本人のものなのか。それはもうエヴァ本人もわからなかった。
「……なに、ピクシー様はなんでも見てるって?」
「えぇ、見ております。彼女も当時の事をひどく後悔しております……あの時、なぜレディに一言言わず周りに言ってしまったのだと」
「それ、なんで……」
「ここは告解部屋、神のみが声を聞いている世界です」
エヴァの、ピクシー様の言葉をどう思ったのか。ミシェルは言葉を失ったように固まっていたが、すぐにクスクスと笑い始めた。
「そう、ならもう、全部お見通しなのね」
「えぇ、神はあなたに怒っていませんよ、そして彼女も」
あくまでも最後の言葉は、ピクシー様と呼ばれる告解部屋のシスターの言葉。
(全部、すべて私の言葉としてちゃんと言えたなら、どれだけ幸せだっただろう)
叶わない願いは、そっと飲み込んだ。
願っても意味がないのは、エヴァが一番よく知っている。
「ふふ、なんか少し心も軽くなった……最初はいやいやだったけど、きてよかったわ」
「いやいや、ですか……?」
想定外の言葉に、エヴァはつい目を丸くしてしまった。
「……ええ。本当は、今日もきたくなかった。エヴァが、彼女がいるってわかっていたから」
『だって、あんな事言って合わす顔がなかったもの』
ポツリと、言葉をミシェルは落としていく。
「けど、お義母様がどうしてもって、あなたのお友達に考えてる事がわかる子がいるなら手伝って欲しいって……私の嘘つきって言った言葉、まともに信じちゃって」
顔は見えなくても、エヴァにミシェルの表情は手に取るようにわかった。薄く、少しだけ呆れたような表情をしているに決まっている。
「お義母様、私と彼女の関係を知らないからよく言うわよね……けど、本当にきてよかった」
「っ……」
思う事は、感じる事は数多ある。
しかしエヴァは今の立場を冷静に考え、一人のエヴァとしての言葉は飲み込んだ。飲み込んで、告解部屋のシスターとして言葉を選ぶ。少しだけ、私情を込めながら。
「えぇレディ、あなたは運がいい……明日、その彼女と話してみてください。きっと、今までとは違う景色があります」
「ふふ、そうするわ……ありがとう、ピクシー様」
嬉しそうに笑うミシェルの声を聞きながらも、エヴァの頭の中ではすでに違う事に対する思考が始まっている。ミシェルの言った言葉を、何度も噛み砕く。
(お義母様という事は、ミシェルを引き取った侯爵家の……ならばなぜ、ミシェルのお義母様はマーレット教会に相談を?)
そもそもとして、昼間と今の話が本当ならばエヴァとミシェルの孤児院での話を知っている事が、今回ミシェルがきた理由になる。ミシェルの話だけで、嘘つきの話だけで確証もない心の声が聞こえるシスターに力を借りようと思うだろうかと。幼少期の戯言を信じるほど、なにか切迫した理由でもあるのだろうかと。それがエヴァの中ではわからずにいる。
(侯爵家の奥様は、なにを考えているのでしょうか……?)
ただの不倫疑惑から始まったはずの、ミシェルの来訪。
それはエヴァの中で、暗い影を落としていた。
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