二十三話 異常な天才VS普通の秀才(3)
堀
目的を果たせなかった分を、戦場検分で埋める気だ。
半壊した長篠城の中庭で、勝ち残った奥平衆を中心に、酒井と金森の隊が祝宴を開いている。
「よくぞ城がぶっ壊れても、戦い抜いた! 酒は酒井のツケで、いくらでも飲め!」
酒井
避難していた周辺の民草が、勝敗が付いた途端に余剰の酒と肴を織田・徳川連合軍に売りに来る。
本隊からも、長篠城の兵たちを労う物資が搬送されて来る。
物資は途切れない。
人も物も溢れているが、城主の奥平
「廃城だな。明日から、新城城に引っ越しだ」
奥平
「殿の許可を得てからですよ」
亀姫に湯漬けを振る舞いながら、城内に食が行き渡っているかどうかも、気遣う。
「廃城で間違いおまへん。ここまで壊れたら、再建も無理ですわ」
金森
「廃城で間違いありません。殿から、奥平衆は新城城に移れとの書状を受けました」
服部半蔵が、徳川家康からの命令書を貞昌に手渡して、更に移動しようとする。
亀姫が服部半蔵の腰にタックルをして、足止めする。
「ついでに、岡崎から菓子とか甘味とか京風スイーツを取り寄せなさい。亀は一ヶ月甘味抜きで、死にかけています」
「亀姫様は、まだ嫁入り前のお身体ですので、至急、岡崎までお戻りください」
「いや! 亀はもう、旦那様の抱き枕なの!」
それ以上は聞きたくないので、服部半蔵はタックルを解くと、逃げ出した。
「ちゃんと明日までに、スイーツを届けなさいよ!」
夜闇に消えた服部半蔵の背中に命令しつつ、亀姫は三杯目の湯漬けに戻る。
場の支配権を取り戻そうと、酒井忠次が伝説の宴会芸『海老すくい』を始める。
金森可近が、最前席でガン見を始める。
あまりに熱心なので、堀久太郎は察して声をかけなかった。
他の用事を済ませておく。
「設楽殿。お借りした弾薬が、大量に余りました。返却します。三十一発分の弾薬と併せて…」
けち臭い話題を振られて、酒を飲みに立ち寄った設楽貞通は一瞬だけ、呆れた顔をする。
「冗談です。先勝祝いとして、お借りした弾薬の二割り増しを、後日送ります」
この美青年にしては大盤振る舞いだろうから、設楽貞通は礼を言っておいた。
用事が済むと、堀久太郎は長篠城から離れて、鳥居強右衛門が斬られた場所へと足を伸ばした。
勇士が亡くなった場所で敬意を表すつもりだった。
もう仕事のない根来衆も、酒を水筒に詰めて付いて来る。
一条信龍と戦って生き延びた久太郎に対し、契約の義理を超えた敬意を払ってくれている。
目的地に着くと、多くの武士が手を合わせて、供養をしていた。
久太郎と入れ替わりに、大金星を挙げた朝比奈泰勝が去って行く。
他の者たちも、足早に場を後にしている。
久太郎は、聞き覚えのある馬の足音を複数、耳にする。
「殿がお見えだ。全員、控えよ」
根来衆が、距離を置きながら周辺の警戒に当たる。
馬廻に囲まれた陣形で、信長が愛馬に乗って現れる。
周辺を見渡し、磔跡を怪訝な顔で睨む。
「遺体は、長篠城に仮置きされています」
堀久太郎は、鳥居強右衛門について仕入れたばかりの知識を伝える。
信長は、指揮棒を大破した長篠城に向けながら、久太郎に指示を出す。
「
堀久太郎の脳裏に、
「奥平の人々が、この付近の寺で弔うと思います。というか、それが筋です」
という常識的な意見が出て、留まる。
信長という異常な天才の、思考をトレースする。
(鳥居強右衛門は、武士に留まらず、人気のある侍になる)
(その墓を参拝する客は、膨大な数になる)
(殿は、鳥居強右衛門の功名を、墓を建てて弔う事で、観光資源として確立する気だ)
(流石でございます)
(でも、奥平からは、大不評を喰らうような)
この場所から
性急かつ勝手に弔う場所を決めた信長に、非難が集まりかねない。
いつもの事だから、久太郎がフォローする。
久太郎は、そこまで瞬時に考えてから、アイデアを出す。
「殿が差配した
さすれば、観光客の落とす金は二倍に…」
「二度手間を、観光客に強いるな!」
信長は、久太郎のセコい算段を蹴って、馬を西に向けた。
後の手配は、堀久太郎に押し付ける流れだ。
いつもの事だ。
その点ではメゲない。
(う〜ん。羽柴殿なら、大喜びしてくれそうなのに。殿には、不評であったか)
案の不採用には、メゲた。
偶には客観的に、自身のアイデアを省みようと自戒する、久太郎だった。
奥平の人々は、信長の機嫌を損ねないように、
が、急上昇した鳥居強右衛門人気の影響は、誰の予想も超えていた。
鳥居強右衛門の生誕地付近に数年前新設された
鳥居家歴代の墓がある縁と、『鳥居強右衛門・夫妻の墓』『鳥居強右衛門の木造安置』というコンテンツも活用して、観光地になっている。
尚、久太郎のアイデアは、約百年後、江戸時代に入ってから実現する。
磔にされた場所に近い
墓が三箇所に増えたと聞いたら、鳥居強右衛門は爆笑して面白がっただろう。
いずれも、鳥居強右衛門が守った三河(愛知県)の観光資源である。
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