二十四話 異常な天才の終業と、普通の秀才の身の振り方
二十四話 異常な天才の終業と、普通の秀才の身の振り方
その後の堀
一条信龍と戦える程のハイレベルな駒だと証明したので、秘書官や奉行職の仕事よりも、メジャーな討伐戦での出番が増えた。
間違いのない戦況分析と隙のない用兵の冴えを示し、『名人』と呼ばれるようになった。
天才とか軍神とか鬼神とかではなく『名人』に異名が落ち着くのは、堀久太郎のキャラだろう。
三十路を待たずに、長浜城の主となり、二万五千石を与えられた。
ついでに安土城の信長の寝室の隣りに、堀久太郎の寝室が作られた。
そういう意味でも扱き使う、信長からの高評価だった。
一向宗との戦いは終戦し、武田が滅び、上杉も滅亡寸前。
特に武田を滅ぼす時は、織田信長の本軍が到着する前に、織田信忠(信長の長男)が武田に致命傷を与えたので、堀久太郎は刀を抜かずに済んでしまった。
「長篠の戦い」の損害で、武田はそこまで弱体化していた。
黄金龍・一条信龍は、三百人の兵で徳川勢一万人に立ち向かい、今度こそ本当に戦死した。
他の場所でも黄金の甲冑を着けたまま戦死したり斬首された武田の武将が存在するので、複数の死亡記録が存在する。
首実検で首を確認したので死亡は確実だが、遺体を弔った寺も消失したので、もう伝説以外は何も残っていない。
最後まで豪快で紛らわしくて、華麗なまま、異常な天才は消えた。
(その方が、好ましい)
堀久太郎は、「長篠の戦い」で目撃した黄金龍としての一条信龍の姿を、最優先で留めている。
(それで十分。墓よりも碑よりも記念館よりも、その方が好ましい)
観光関係者からは大不評な意見を、久太郎は胸に秘めた。
この頃、堀久太郎は、意見が少なくなった。
出す意見と言う相手を、精錬していた。
現在、織田信長とマトモに戦争しているのは、中国地方の毛利家のみとなっている。
並の武将なら、終わりそうな戦国時代を前に、転職を真剣に考える世情になってきた。
堀九太郎は奉行としても有能なので、時代の変化直前でも、心配していない。
それでも異常な天才が上司なので、アクロバティックな急務を押し付けられるリスクに変わりはない。
安土城で徳川家康をもてなす宴で、接待役の明智光秀が急遽解任され、久太郎に押し付けられた。
「禿げ(明智光秀)は猿(羽柴秀吉)の応援に行かせるで、急がせる」
毛利との決戦が迫っているが、羽柴秀吉が勝ちそうである。
それはそれで、信長が気を揉む可能性が生まれる。
「猿の手柄が大き過ぎるでえ、明智にも加勢させて、手柄の配分を調節する」
織田信長も、四十九歳。
織田家の家督を息子に譲り、次の治世を見据えた動きを大きくしている。
「家康の接待が終わったら、久太郎も軍監(監査役)に赴け。猿が気を悪くすると、毛利との戦を手打ちで済ませるやもしれん。狸の後は、猿の接待だぎゃあ」
「その後、殿が出向いて、手柄を更に目減りさせる、と?」
「それだと減らし過ぎになるで、ケチくさいだぎゃあ。決戦が済むまで、本能寺で遊んで過ごす」
腰が重くなった信長に、久太郎は意見しなかった。
心配する割に、やる事が半端だとも、意見しなかった。
前線に赴かずに、隠居生活に入り始めた主君に、久太郎は優しい放置を決めていた。
久太郎は家康の接待という雑用を終えると、供を数名連れただけの身軽な編成で、中国地方へ馬を走らせた。
明智が合流するより先に秀吉と談合し、明智にも手柄を立てさせる段取りを整える。
そういうつもりだった。
備中高松城(岡山県岡山市)を攻略中の羽柴軍に合流した堀久太郎は、その光景に度肝を抜かれた。
高松城が、水没している。
周辺の川を堰き止める土木工事を行い、十二日で人口の湖を完成させ、高松城を孤立させていた。
呆れた動員力である。
金と人脈が強大でないと、こんな戦略は実行できない。
救援に来た毛利の大軍も、攻め寄せられずに足踏みしている。
周辺の水軍が秀吉に調略され、既に寝返っている。
物資の補給を陸路からしか出来ないようでは、大軍の維持が難しい。
今、秀吉の軍が攻勢に出れば、十分に蹴散らせる状況に、進んでいる。
毛利が既に、詰んでいた。
「うん、すまない、うちの軍師が、やり過ぎた。天才過ぎてごめんね。明智に分けてやれる手柄、もう無いかも」
堀久太郎との話し合いを、秀吉は黒田官兵衛に責任転嫁して誤魔化そうとする。
「高松城の水攻めを決めたのは、殿です。某は、それを実行する方法を教えただけです。手柄は、羽柴殿の総取りで結構ですぞ。水軍も、『奇跡の天才・羽柴秀吉』のネームバリューで寝返らせた事ですし」
主人に責任転嫁される所業には慣れている軍師は、冷徹に言い返す。
「こういう奴なの。笑いが足りないんだ、殺伐として。最近まで牢暮らしだったから、堪忍してあげて。ディズニー映画を三連続で観れば、治ると思うから」
軍師が助けてくれないので、秀吉は久太郎にボールを投げる。
「ねえねえ、後詰に来ただけで中国地方の領地を貰えるとか、明智を甘やかし過ぎじゃね?」
「元の領地を取り上げた上での国替ですから、一歩間違うと明智殿の人生は、ふりだしです」
「怖いわ! 慌てずに余裕を持って、明智を左遷させればいいのに。明智がキレたら、詰むぞ京都は」
「慌てていません。ゆっくりとしていないだけです」
「堀久も、雑な指示だと、思っただろ?」
「明智は、おとなしく従いました。余計な発言で、波風は立てません」
「言ってあげればいいじゃん、堀久らしくないぞ〜。ケチな事でも、ズケズケと発言する事で有名なのに」
「急に徳川の接待役を振られて、多忙でした」
「言い訳も上手いなあ、堀久」
秀吉が、久太郎と合わせている視線から、笑みを消す。
「最前線をろくに見ずに、戦況を転がすような真似。昔の殿なら、しなかったな〜。
劣化したよね、信長様」
信長が劣化しているという文言をわざわざ口にする秀吉に、久太郎は瞠目する。
(殿が警戒する訳だ。この人が独立を図ったら、荒木村重よりも厄介な敵になる)
この数年、毛利家攻略に向けていた目を、信長にも向けている。
羽柴秀吉は
『使い勝手の良い戦闘指揮官』
の枠では収まらず
『数カ国を軍略で切り取って配下に収めた、戦国大名』
に進化している。
(接待して、どうにかなる状況では、ない)
(秀吉が明智も調略したら、詰む)
(明智と一緒に、殿も来るべきだった)
(と、今更言っても仕方がないので、説得しよう)
信長の後始末は、いつもの事だ。
「一人の部下が手柄を立て過ぎると、災いの元になる故事は多く、殿はその点を鑑み…」
緊張緩和に動こうとする久太郎に、秀吉は何も言わせずに自分のペースで話す。
「あ〜、今の言い方は、失礼だったな。でもさあ、毛利との決戦には、信長様に直接、来て欲しかったのに。そうすれば、手柄はこの猿じゃなくて、信長様の物だったのに。
そういう気遣いを無視して、先に明智を送って寄越すとはね。
半端だ。
雑だ。
失望だ。
いつからだろうねえ、信長様が、この猿の思考速度に、付いて来られなくなったのは」
久太郎は、否定出来なかった。
信長の側近として、秘書官として、即刻否定して怒るべき時に。
認めてしまっていた。
今の信長が、秀吉に、及んでいないと。
天敵の消えた情勢と、戦場に出なくていい生活が、信長を大きく鈍らせている。
認めていると自覚し、何かが、キレた。
「はい。今の信長様は、羽柴殿に及びません。戦に及べば、羽柴殿が勝ちます」
堀久太郎は、引き返せない言葉を、口にした。
「官兵衛、堀久は殺すな、絶対に」
本人を前にネタバレされて、黒田官兵衛は唸りながら承知する。
秀吉が、愛くるしい程に厚かましい笑顔で、堀久太郎の視線を捉え直す。
「ありがとうよ。この猿を、信長様より上だと認めてくれて。ありがてえよ、本当に。
そんな奴、
竹中半兵衛と、黒田官兵衛だけだったからさ」
秀吉が、堀久太郎の、両手を握る。
堀久太郎の心拍数は、変わっていない。
呼吸を乱さず、これからの身の振り方を、静かに的確に考える。
(武田と同じように、織田も滅びるな)
(だが、徳川が武田の遺臣を吸収したように、羽柴に織田の遺臣を吸収させれば、かなりの数が死なずに済む)
(その橋渡し役に最適なのは、某だ)
「織田家から調略したい人材があるならば、自分が請け負います」
「流石だ、名人。満点回答」
衰えた天才から最盛期の天才へ、仕える相手を替えてくれた堀久太郎秀政に対し、秀吉は羽柴の姓を与える高待遇で報いた。
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