七章 黄金龍を撃つ者

二十一話 異常な天才VS普通の秀才(1)

 堀久太郎秀政&鉄砲僧兵団・根来衆は、服部半蔵の道案内に駆け足で従い、長篠と武田領の境界付近へと辿り着いた。

 十三歳から信長の側で戦場を駆け巡った久太郎でも、息が上がる強行軍だった。

 根来衆も呼吸を整えているので、久太郎は小休止しながら、戦況の把握に努める。

「・・・」

 あまり口にしたくない程に酷い戦況が、目前で広がっている。

 万が一を想像してはいたが、大苦戦だった。

 酒井忠次ただつぐ・奥平定能さだよし・金森可近ありちかの敷いた、武田にトドメを刺すための布陣が、突破されつつある。


 武田が長篠から領地に逃げるルートは、北と東の二つある。

 東のルートを通る場合、長篠城そのものが障害物になる為、通行止めが容易になる。

 酒井忠次は、長篠城の生き残りと手勢を合わせて、千人を東ルートに布陣させた。

 そして長篠から最短距離で帰還可能な北ルートに、三千人を布陣させた。

 北への街道を塞いだ酒井・奥平・金森連合軍に対し、ここまで来られた武田の本隊は、千二百人。

 詳しく言うと、武田勝頼の本隊千人&一条信龍の率いる二百人。

 数の比較では、武田が完全に不利にしか見えない。

 数の差で油断して、苦戦している訳ではない。

 武田の本隊は朝からの戦闘に加わっておらず、無傷で戦闘力を保持している。

 撤退戦でも、馬場隊に殿を任せたお陰で、落伍者を出さずに、長篠城付近まで引き返している。

 歴戦の指揮官たちに、油断はなかった。

 全く、なかった。

 知らなかっただけだ。

 彼らが知らなかったのは、というか、此の時までほぼ全ての戦国時代関係者が知らずにいたのは…



 三十分前。

 その派手な黄金の甲冑を着込んだ武将が先頭に姿を表した時、酒井忠次は一条信龍のぶたつかどうか確認を怠らなかった。

「他に黄金の龍は、見えないか?」

 武田信玄の末弟・一条信龍は、一度装備した黄金鎧を、他人にホイホイとプレゼントしちゃう「悪癖」で知られる。

 影武者が自然に何人も存在する「悪目立ち」武将なので、敵も味方も識別に無駄で理不尽な苦労を強いられる。

 中でも一番苦労したのは、故・武田信玄。

 プレゼントされた武将が戦死した場合(目立つので、高確率で討たれる)、一条信龍が戦死したという誤報が、武田信玄にもたらされるのである。

 誤報とはいえ、何度も何度も何度も何度も、弟の戦死を知らされる信玄のストレスを察して欲しい。


武田信玄「てめえ、いい加減にしろよ、愚弟オブ・ザ・イヤー。お兄ちゃん、ストレスで胃に穴が開きそうだよ! わしの寿命が短いのは、絶対にお前の責任が30%!!!」

一条信龍「分かったよ、兄上。責任を取って、鎧の黄金量を、30%増す」

武田信玄「そっち?! 黄金鎧の着用を断念するとか、他人に譲る悪癖を控えるとか、せめて譲渡品だと分かるように目印を付けておくとか、わしの心労を減らす方向で考えない?」

一条信龍「周辺国を全て敵に回した上に、上杉謙信から常時戦場で命を狙われている兄上の心労が、減るはずないじゃないですか。

 それより、城をゴールデンにする話。真面目に検討して欲しい、切ない末弟ハート」


 アホな行いの改めない末弟に対し、武田信玄は後衛の担当に回して固定するという人事で対抗した。

 その所為で、一条信龍には、目立った武功が伝えられていない。

 この日までは。


 北への街道を塞いだ酒井・奥平・金森連合軍に対し、一条信龍は手勢二百を更に突出させた。

 武田本隊は、一丸となって一点突破を図ると踏んでいた酒井・奥平・金森連合軍が、虚を突かれる。

 黄金の武将は、酒井忠次の本陣を狙って、猛突撃を掛けて来た。

「最大戦力を足止めして、勝頼が突破し易くするつもりか。勇猛だな」

 酒井忠次は、黄金の龍の突撃を、全て受け切る気で迎撃を始める。

 受け止めている間に、奥平や金森が包囲を狭めて本隊ごと擦り潰し、勝負を決めればいい。

 その筈だった。

 戦線が、一条信龍に触れた途端に、崩された。

 黄金の武者が、騎馬の速度を全く緩めずに、酒井忠次の本陣を貫通していく。

 矢弾は黄金の甲冑に弾かれ、刀槍は藁の如く刈られ、布陣は割り砕かれた鏡餅のように壊されていく。

 酒井忠次は、一条信龍が隊にではなく、自分に向かって来るのを見た。

 足止めとか時間稼ぎではなく、酒井・奥平・金森連合軍の指揮官を狙っての、突貫だった。

「信玄め、こんな隠し球を、よくもまあ使わずに」

 自慢の名槍『甕通槍かめどおしやり』を構えながら、黄金龍に相対する。

 騎乗の黄金龍は、完全装備の酒井忠次を掠めると、本陣の旗と陣幕を派手に斬り倒して、離脱していく。

 離脱しながら、酒井忠次を討ち取ったという虚報を、喧伝していく。

 酒井の本陣がビジュアル的に瓦解しているので、本気にはしなくても動揺が走る。

 その動揺が治らないうちに、黄金龍は次の陣へと攻撃対象を移す。


「各個撃破が、目的やな」

 金森可近ありちかは、黄金龍の動きに、そう察しを付けた。

 二百人で三千人の陣を打ち抜くために、三人の指揮官を強襲するという無理・無茶・無謀な作戦を、一条信龍の異常な戦闘力が可能にしている。

「何でこないな天才を後衛に…上杉謙信が、また本陣に突撃してきた時に備えての、隠し球?!?!」

 と、一条信龍の考察をして現実逃避したくなる気分を抑えて、どストライクに自分に向かって来る黄金龍に対して策を練る。

(う〜む。こりゃあ、止めるのは、無理だな)

 割りとあっさりと、迎撃を諦める。

「よっしゃ」

 金森可近ありちかは、勝てない相手に対して、方針を大胆に変える。

「全軍、武田勝頼の本陣に向けて、出撃!」

 布陣したまま迎撃に徹すると、黄金龍に食い荒らされるだけ。

 金森は、受け身の布陣を、捨てた。

「黄金龍は、相手にすな! 勝頼だけに向かって、突撃や!」

 逆に金森の方が、相手の本隊に突喊して、喰われる前に乱戦に持ち込む方を選ぶ。

 金森隊は黄金龍に喰い荒らされながら、勝頼の本隊に絡み付くという、アクロバティックな戦術で戦闘を続けた。

 相討ちにしかならない陣形だが、武田の足が、此の場で止まった。


「敗北するくらいなら、相討ち狙いかよ。金森もヤバい性格しているなあ」

 奥平定能さだよしは、二十四時間近く一緒に戦っている同僚の戦国武将の一面を見て、褒め称える。

 此の場で武田勝頼を討てなくても、どうせ味方は大勝している。

 奥平定能さだよしは、異常な天才を相手に、無理をするつもりはない。

 足止めだけで、十分だ。

 その隙に、崩れた酒井隊が再編されて、包囲殲滅出来る。

 とはいえ、目前で酒井・金森隊が大いに苦労している。

「俺だけ仕事していないと、今夜の宴会で気まずいし」

 奥平定能さだよしは、乱戦に巻き込まれないように適度に距離を取りながら、奥平隊だけで街道を封鎖出来るように布陣し直す。

「これで、ゆっくりと…」

 街道の封鎖線を敷き直した途端に。

 黄金龍の矛先が、奥平定能に向いた。

 勝頼を守る乱戦を放棄してでも、活路の確保を最優先させる。

 配下すら率いずに、一条信龍が単騎で、奥平隊に突喊する。

 当然のように、奥平の布陣も、貫通される。

 単騎で、奥平隊を、食い散らしていく。

「堪ったもんじゃねえぞ、この化け物」

 奥平定能は、本当に無理をせずに、というかさせてもらえずに、封鎖線を維持出来なくなった。

 黄金龍から逃げ回って、殺されないようにするのが、精一杯だった。



 堀久太郎&根来衆は、此のタイミングで現場に到着した。

 戦況を把握すると、堀久太郎秀政は、打開策を検討する。

 時間が無いので、シンプルで実行可能な戦術を、根来衆に伝える。

「狙いは、黄金龍」

 まずは標的を再確認する。

「奥平隊の穴を塞ぐように、接近する。その動きで、一条信龍は我々を蹴散らしに来る。そこへ…」

 堀久太郎秀政は、生唾を呑み込む。

「根来衆三十人+拙者による、一斉射撃を行う」

 狙撃手以外を弾込めに専念させて発射頻度を上げる戦術より、全員参加の集中砲火での暗殺を、久太郎は選ぶ。

 秀才が天才を殺すには、寄って集ってフルボッコにするしかない。


「あのう、その後は?」

 根来衆の一人が、身の振り方を確認する。

 鉄砲僧兵団・根来衆は、傭兵稼業。

 作戦の成否より、最後まで生き延びられるかどうかである。

「退避してよい」

 その場で武田を食い止める為に死守しろとか言うと、速攻で逃げられそうなので、久太郎は妥協した。


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