二章 雨が三日続くと夜は藍色に輝く
七話 強者なし 敗者なし 死人のみ(1)
長篠城の全貌を見下ろせる
鉄砲のみならず、射程の長い
用意した鉄砲二百丁を全て北側に集中させ、両岸と断崖には最小限の手勢で用心するに留める。
武田の前衛部隊は、竹束を幾重にも重ねて銃火への盾にして、長篠城へと駆け足で突進をかけて来る。
長篠城からは、まだ射撃はない。
武田の前衛部隊が、矢と鉄砲で長篠城へ牽制射撃をしながら最初の堀を迂回し、柵を押し倒して近付く。
放棄された外側の柵を占拠した段階で、武田側は気付く。
そこに滞在していると、長篠城の
外側の柵と堀は、長篠城から敵を射殺し易いように設置された、罠だった。
「撃て!」
竹束を構えた最前列は狙わずに、二列目以降へと鉛玉の火線を浴びせていく。
隊列が乱れて竹束に隙が出来た頃合いで、曲輪や第二の柵から水平方向からも射撃が始まる。
武田のやや後方からも鉄砲の射撃が長篠城に放たれるが、そこへは
梅雨なので、城内から濡らさずに撃てる長篠城が有利に射撃戦を制した。
武田の戦死者が三百を超える頃に、その日の戦いは矢止め(休戦)となった。
武田は戦死者を回収して砦に引き、長篠城も一息付く。
奥平貞昌は、
「七人死亡、重傷二名、軽傷は十三名。死人の傷は、全て鉄砲弾です」
「次は近寄せずに、外堀で撃つ」
「無駄弾が多くなります。同じやり方で構いません」
部下の士気は高いが、貞昌は冷静に戦略を貫徹する。
「武田が同じ攻め方をするとは思えんし、こちらは持久戦だ。時間稼ぎを優先しよう」
二十歳の城主は、冷静に、籠城を仕切る。
自ら見張り番を務めて城兵たちに先に夕飯を食わせると、直前まで城にいた父との会話を再考する。
(父上の読み通りなら、敵の的は食糧庫。自分だって、そこを狙う。力攻めでは、死傷者が多過ぎる)
(梅雨の晴れ間に、火矢を一斉に射かけて来るだろう。食糧を、もう少し散らして保存…いや、梅雨だから、保管にしくじって無駄にする確率が上がる)
(火矢の部隊が来たら、最優先で狙撃。火を付けられても、消火を徹底)
(下手に食糧庫から動かすな。梅雨だ。梅雨だぞ。梅雨を活かせ。籠城の方が有利だ)
籠城のプランを煮詰め直すと、家来が夕飯を持って来る。
今日はまだ、米の握り飯が出せた。
「おお、いい握り方だ。気合いが籠っている気がするね」
「はい、込めました。他にさせて貰える仕事がなかったので、全力で握り飯五百人分を」
目の前に、小袖に襷掛けをして下女のように働いている亀姫(徳川家康の長女、十五歳、母親譲りの美少女)がいたので、貴重な食糧を吹き出しかけた。
口元を押さえ、一粒残さずに咀嚼し、目の前にいるのが籠城の緊張で自分が見ている幻覚というオチではないと確認する。
亀姫の、頬を摘んでみる。
柔らかい。
現実の美少女姫である。
「どうして、長篠城に?」
「だって奥平のお父様が、あと二日は大丈夫だから、長篠城にお見舞いに行くと仰られていたので、亀もお忍びでお見舞いを」
亀姫の両脇に、同じく小袖に襷掛けした侍女二人が、泣きそうな顔で貞昌に平伏する。
「籠城の騒ぎに驚いて、馬が逃げてしまいました〜!」
「直ぐに戦が始まったので、仔細を話すのが遅れました〜!」
貞昌は、侍女二人を責めなかった。
武田と亀姫の相手だけで、いっぱいである。
「手料理を振る舞ってから、新城城へ行く予定でしたのに。武田の人々は、姫心が分かっておりません」
(知る訳ないだろ)
心中でツッコミを入れつつ、亀姫の頬から指を離す。
「頬が痛かったですわ。舐めて慰めて」
「遊びに付き合う暇は、ありません」
「亀は、本気です」
家康が溺愛し、瀬名姫が英才教育を施した美少女の権化AGE15が、射干玉の長髪をポニテに纏めてドヤ顔をしている。
「鉄砲も弓も炊事洗濯も、修得しておりますわ。落城した時の自害の仕方も、月一で自習しました」
籠城スキル自慢をすると、ドヤ顔を倍加させる。
どうやら、絶望的な籠城戦をしている婚約者と一緒に籠城している自分を褒めて欲しいらしい。
確実に母親の許可は取っていないし、父親にも無許可だ。
(どうしよう)
貞昌の選択次第では、長篠城での籠城戦を生き残っても、舅殿に締め殺される。
夜陰に乗じて逃がそうにも、周囲には武田軍が一万五千。
中年男なら雑兵のフリをして誤魔化せるかもしれないが、亀姫は美少女過ぎるので、直ぐにバレて捕縛される。
そして、徳川家康の長女と知れた途端に、
「ラッキー! 姫! 武田の武将と結婚して、両国の平和の礎を築きませんか? つまりレッツ子作り!!」
と、18禁展開に。
(…籠城戦のハードルが、上がってしまった)
口に出さなくても懊悩しているので、亀姫は婚約者に手土産を差し出す。
「手料理だけではなく、これも差し入れに来ました」
侍女二人が、皮袋に入った火縄銃二丁を披露する。
「亀の射撃練習用の、種子島です。岡崎城に置いておくより、ここの方がお入り用かと」
亀姫は、火薬と弾の入った袋も差し出す。
六十発分は入っている。
「ホテル長篠城の宿泊代は、これで足りましょうや?」
奥平貞昌は、今までで一番、亀姫を可愛いと思った。
「食事は粗食で戦闘食ですが、構いませんか?」
こんな時なのに、爽やかな笑顔で迎えてしまう。
「いいえ、亀は何があろうと、食事は三食、きっちりといただきます。将来、五人の子供を産む予定ですのよ? 半端な食生活は、敵です」
次女の二人が、誰とも視線を合わさないように、顔を逸らす。
「亀姫」
「怒るの? 今ので怒るの??!! 家族計画で怒るの?!」
奥平貞昌は、籠城下での食事について、小一時間マジ説教をした。
「籠城中は、餓死者を出さない為に、食糧の管理を徹底しています。これを違える者は、味方を餓死させる者として、貴女でも見せしめに斬ります(以下略)」
言いたい事を言う時は、相手の身分に忖度するネジが外れている奥平のマジ説教に、箱入り娘がガクブルする。
「は、はい、心得ました」
お腹を鳴らしながら、亀姫は泣き顔で、ダイエット食を受け入れた。
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