【エイプリル・フール】四月のさくら


【プロローグ】


 桜の木に願い事をすると、その願いが叶うという。


 だから、この大病院を建設する時に桜の木を残すことにしたという。医療関係者の中での噂。



――けんいちと結婚できますように


 一人の女の子は願った。



【四月のさくら】


 病院の中庭に大きくて立派な桜の木。病気などしたことない、というぐらい健康的な桜は今年も桃色の花びらを咲かせている。

 その憩いの場所でけんいちはさくらを待っていた。


――ねえ、わたし、明日死ぬの


 四月一日にさくらはそう言った。どうせ嘘をついて僕をからかっているのだろうと、思った。

 入院してから仲良くなったさくらは、いつも元気でどこが悪いのか分からないぐらい。


 時折、転んで血が出るとその血がなかなか止まらないことがあった。けんいちはアニメキャラクターの絵の入ったハンカチでケガした場所を押さえると、さくらは少し笑顔で「ごめんね」と言った。

 いつもは「ありがとう」なのに、やはり時折、「ごめんね」に代わる。

 何かの前触れなのか、と頭をよぎったが、すぐに思い違いだと割り切った。


――今日、結婚しようよ


 さくらはけんいちに自分で作った婚姻届を渡す。

 けんいちは恥ずかしくなり、さくらの名前の入ったその紙を乱暴にポケットに入れた。


――僕たちまだ小学生だよ。結婚なんてまだ早いよ


 けんいちがそう言い切ると、さくらは残念そうにその場を後にした。



<四月二日>


 さくらの手術のことなど知らずに、けんいちはシロツメクサで冠を作ったり指輪を作っていた。さくらにプレゼントしたら喜ぶだろうな、と思いながら……


 出来上がったプレゼントを持ってさくらの病室に入ると、寝たきり目を覚まさないさくらがそこにいた。


 両親や親戚に囲まれることなく、ただひとり眠りの中を漂っていた。


 病室の窓からは桜の木。風に花びらが舞う。ふと、さくらの言葉が頭をよぎる。


――ねえ、わたし、明日死ぬの


 そんなことはないと思いながらも、もしかしたらと思ってしまう。

 誰にも愛されずにさくらが死ぬのは嫌だった。この病院で病気と闘っているさくらをひとりにすることはできなかった。


 シロツメクサの冠を頭に、指輪を指にはめる。ポケットの中に仕舞いっぱなしの婚姻届に名前を書く。

 そしてけんいちはさくらの頬に小さなキスをする。

 さくらは目を開けた。


――あ、あれ、わたし……


 そこでふたりは照れながら将来の結婚の約束をしたのだった。



 空は青く、桜が映える。

 青く澄み渡るけんいちの心は、桃色の頬のさくらによく似合う。



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