【KAC20234】深夜の散歩
僕はアリ。真っ黒なアリ。小さなアリ。
働きアリの僕だけど、今日は休みをもらったんだ。いつもは太陽の下でせっせと物を巣に運ぶ。夜は巣で寝てるから、その世界が分からない。だから思い切って、深夜に散歩に出かけることにしたんだ。
「何これ! 真っ暗!」
月や星の光がわずかに届く程度。視界は塞がり、ほとんど手探り状態。
「とりあえず前に進もう」
少しずつ前に進むと、ザワザワッと木々が風に揺れた。怖くなったけど、勇気を出してさらに前に進む。
蛍が柔らかい光を放ちながら僕に近付く。
「どこから来たの?」
「向こうにあるアリの巣からだよ。って、見えないよね」
「こんな時間に何の用事?」
「ただの散歩だよ」
「へえー。こんな暗闇の中、明かりなしじゃ危険だよ。私がついていってあげる」
蛍は僕の先を行く。
「そっちは犬小屋。食べられちゃうよ?」
「そこにアリ地獄があるよ。気をつけて」
「あれは悪ガキが落としたあめ玉だよ」
「向こうは泥道。危険だよ」
「その草むらの中には小鳥が眠ってるんだ。起こさないように」
「あれは蛇の寝床。近付いちゃダメ」
蛍は丁寧に道案内をしてくれた。遠くまで歩いたから少し休憩を取ることにした。すると、ビューッと強い風が吹いて、蛍は飛ばされていった。
ひとりになった僕は巣に帰ろうにも道が分からない。遠いこの場所は見ず知らずの闇の中。迷子になってしまった。
まだ一睡もしていないものだから、しだいに瞼が下がる。そしてひとり、眠りについた。
夢の中、僕は龍になり空を飛んでいた。何もかもが一望できる。
翼は音を立て、風を切る。
やがて闇の中。世界が灯火を消した頃、僕は真っ黒いアリになる。ちっぽけな僕はどこだか分からない場所でさまよう。
風が吹き、目覚める。
夜明け前の薄暗い場所に、仲間のアリが迎えに来ていた。
「心配したぞ。ひとりで出ていくのはあれほどやめろと言ったのに」
「でも、行ってみたかったんだ。深夜の散歩に」
「まったく。まあ、無事でよかったが……」
「でもどうしてここに?」
「ん? 内緒かな」
「えーー」
仲間のアリは笑みを浮かべると、僕を巣まで連れていってくれた。
巣に戻ると、あの蛍が待っていた。
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