第18話 王都への道

▽第十八話 王都への道

 馬車が必要だったかもしれない。

 絶賛、ぼくたちは王都への道を歩いていた。あちらの世界の車道ほどには整備されておらず、どうしてもガタガタした道は足を疲労させる。


 といっても、ぼくはまったく問題がない。

 かつての世界では考えられなかったけれども、この世界でのぼくは「元気」なのだった。そういうスキルをもらっているために疲れない。

 体力もMPも、今のぼくはランクSSに匹敵するのだから。


「エポン、もう無理そう?」

「……くく、よもやボクの研究者としての生が、このようなところで終焉するだなんてね。主くん、ボクの研究室にある日記は、読まずに焼き捨ててくれたまえ……」

「休もうか」

「……うん」


 エポンの体力が限界であった。

 あまりレベルが高くなく、その上、ステータスが純魔法職である彼女にはキツかったようだ。それでも一日で十キロ以上歩いている。驚異的だね、ステータスって。

 次元ポケットの魔法でキャンプグッズを取り出す。

 巨大で快適なテントは、あらかじめ建設してある。焚き火セットも用意して、エポンが慣れた手つきで火をつける。


「あとは……食料かな。アン、調達をお願いできるかな。食べられそうな動物で」

「! 仰せのままに、我が君、であります!」


 敬礼したアンは、アンフェスバエナの身体能力を遺憾なく発揮、即座に森の中に消えていった。直後には凄まじい爆発音が響くが――肉片が残っているといいね。


 ぼくはエポンのためにコットを置き、彼女を横たえた。

 額に浮かんだ汗を布で拭ってやる。


「どうするエポン? 今から戻ってDPで馬車を呼んでこようか? 牽くのは馬じゃなくてアンになると思うけど」

「……良いとも。キミの計画を潰すほどには疲労していないさ」

「キツくなったらいつでも言ってね。キミを苦しめてまで行うような計画じゃないから」


 ぼくの時空魔法であれば、今すぐにダンジョンに帰還できる。この場所に戻ってくることも可能であり、キャンプをする必要性はまったくなかったりする。

 ダンジョンを留守にしたい。

 これが我が計画のちっぽけな全容である。


「あのダンジョンはよくも悪くも、ぼくが中心になりすぎてるからね。あそこに暮らしている子たちは、ぼくを介してしか交流していない。それは今後のことを考えればマズい」

「……仲良くなれば良いが、それは無理そうだね」

「まあね……ぼくが前世でもっと対人関係を構築できていれば良かったけど。そんな経験を持つ余裕はなかったし」


 前時代的な意見に従うなら、無差別飲み会刑を執行するべきだったかもしれない。

 ぼくたちは基本的に全員揃って食事をするため、ある意味で毎日が強制飲み会みたいなものであるけど。


 エポンとショウカさんだけは、自室でひとりで食べることもある。


「残してきたフェスがかなり怖いけど……その辺は言い含めておいたし、大丈夫、だと信じたい……」


 フェスは邪魔者の排除を躊躇わない。

 一番、厄介なのが「邪魔者」の範囲に仲間を置いていることだ。


 かといって、この旅に連れて行くわけにもいかない。本当に誘拐されてしまうかもしれないからだ。時空魔法があるといっても、格上の魔物からの逃走は至難だ。

 ぼくの知らない手段で魔法を封じられるかもしれない。


 ダンジョン運営は難しい。

 働く人間関係にまで注意せねばならないのだから。このようなことを人生経験皆無の十五才に任せるだなんて、神様はとんだ人事ミスである。


       ▽

 キャンプテントの外では、アンが見張りをしてくれている。

 ぼくも虚無魔法の「魔力探知」で周辺を警戒している。あまり使い慣れていないことも手伝い、精度については信頼が置けなかったりする。


 虚無魔法は他の属性魔法とは違い、魔力に属性を付与せずに操ることに長ける。

 魔力自体を魔法として扱う、という魔法形態だ。属性にして変化しやすくするのではなく、力尽くで魔法を使うために消費が大きい。


 その代わりに、他の魔法ではできないことも行える。


 今のぼくは魔力を網目状に設置し、何かが侵入してくる度に知らせるように設定している。これが虚無魔法の「魔力探知結界」である。


 その結界が――大きく揺れる。


「アン、気づいている?」

「当然であります、我が君。どういたしますか?」

「とりあえず奇襲には警戒しながら交流を図ろう。ぼくやキミのHPなら即死はないだろうけど……エポンは難しいかもしれないね」

「仰せのままにであります」


 エポンはコットの上で眠っている。

 荒事はぼくやアンが行うべきであり、適材適所である。


 ぼくはテントから外に出た。夜の外気は昼間の天気を忘れさせるほどに冷たい。思わず身震いをする。

 騒がしい。

 三つもの馬車を引き連れた集団が、わざわざぼくたちの前で停止している。


 騎士鎧を身にまとった男を先頭に置いた、不思議な集団である。


「わざわざ止まる必要があったか?」

「いやいや旦那ぁ。こんな上玉の女、中々に見たことねえですよ」

「俺には暗視スキルがないからな……まあ貴様がそこまで言うんだ、止まる価値はあったか」

「見つけたのは俺なんです。最初は俺でも?」

「好きにしろ。領主さまに引き渡すことも考えて遊べ……本当に良さそうなら明日は俺がいただこう」

「うふふ、旦那も好きですねえ」


 ……うわあ、典型的なカスだあ。

 どうやら騎士鎧の背後、軽装の男は「暗視」スキルを持っているらしい。夜に強行軍を組んでいる辺り、彼こそがこのグループの要だろう。


 アンはまったく気にした風もなく、男の邪な視線を受け流している。興味がないことは解るけれども、もう少し気にしたら良いと思う。

 いや、わざわざ嫌な気持ちになる必要もないか。


「あの皆さん。なんですか、急に」

「おっ、旦那ぁ。この少年もけっこうな良い面してますぜ。女にも男にも売れましょうや。ご領主さまはたしか男もいけるんでしたっけ?」

「あまり外で言うな。だが、いい見上げになるだろうさ」


 ぼくまで!?

 この男たちは「領主さま」なる人物に、攫った人でも斡旋する人たちなのだろう。職業差別は良くないらしいけど、こいつらのご職業は軽蔑に値する。

 人を平然と殺害する、ダンジョンマスターに並ぶ、カスなお仕事である。


 ……なるほど。同業者か。


 敵は傲慢である。

 ぼくたちなんて「美味しそうな餌」くらいにしか思っていない。敗北することはおろか、自分が傷つくことすら想定していない。


 他者から奪うことが日常の、人型の化け物たち。


「アン、エポンを守りながら戦えるかな?」

「仰せのままに、我が君」


 アンはゆったり身体を構え、あらゆる方向からの攻撃に備えている。一方のぼくは虚無魔法で魔力の鎧を作り、周囲の景色に溶け込んで姿を消す。

 剣は抜いている。

 音を虚無魔法で消し、自分が纏う魔力も操って気取られないようにする。


「消えたっ!?」


 動揺する「暗視」スキル持ちの背後に転移し、その首を剣で切り落とす。

 まず、ひとり。

 しかし、ぼくの暗殺を理解した騎士鎧は、バックハンドで剣を叩き込んでくる。想像以上の技量を持つ、綺麗な太刀筋である。


 魔法詠唱は間に合わない。

 規模の大きい魔法ばかり習得してきた弊害である。

 レベルに合わない膨大なHPを持つぼくなら、剣が直撃しても問題はないはずだ。むしろ、斬られながら斬り殺すのが、ぼくのもっとも強い行動であろう。


 しかし、念のために防ぐことにする。


 剣を盾に斬撃を防ぐ。

 凄まじい衝撃。鉄製の剣が粉々にへし折れると同時、ぼくの軽い身体は吹き飛ばされていた。後方の馬車にぶつかり、木製の壁を貫通して床を転がる。


「……わりと痛くないね」


 すぐに立ち上がったぼくが見たのは、ズタボロにされた少女たちの姿だった。全員が全員、酷い状態である。

 自力で立ち上がる者もおらず、死体の山に突っ込んだのかと錯覚するほどだ。


「嫌な気分だな……」


 ただでさえ寒い夜だ。

 ぼくが馬車の壁をぶち抜いてしまったので、冷気が意気揚々と入り込む車内。溜息を吐いてから次元ポケットを展開。

 大きな布を一枚だけ取り出す。

 これで全員を寒さから守ることができるだろう。


 ぼくは指を鳴らして転移した。

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