第17話 ダンジョンの外へ

▽第十七話 ダンジョンの外へ

 防衛戦力が充実した以上、次に必要なのは「偵察」である。

 現代の戦闘や戦争に於いて、もっとも重要なのは個人の技術や兵器の強さではない。情報こそが最高の勝利へのピースなのだ。


 しかしながら、ぼくたちには「人間」の情報が不足している。


 一応、かつて捕虜にした魔法使いから情報は得た。が、それはあくまでも伝聞の情報であったし、参考になったとは言いがたい。

 ちなみに、あの時の少女はすでにこの手で殺害している。


 ぼくが恐怖を乗り越えるための練習台として。


「……向かうべきは王都だよ。王都はここから三日の道のりらしい」

「み、三日!」エポンが叫ぶ。


「往復も併せて最低でも六日もボクは主くんと会えないと言うのかい? 抱き締め合ったり、キスしたり、それ以上をすることができないだなんて……ボクでなければ発狂していただろうね」

「リンはついてく」

「キミはお留守番だと見るね。アンくんとフェスくんがいる以上、主くんの護衛は十分。むしろ足手まといを減らすほうが生存率が上昇するのだよ」

「ついてく」

「ボクと一緒に寂しさを埋め合わないかい?」

「や。ついてく」


 フラれてしまったね、とハンカチで出ていない涙を拭うエポン。

 いつもは薬草でマッドサイエンティストしている割に、ぼくたちの仲間でもっとも協調性があるのが彼女である。苦労を掛けるね。


 それ以外でもオトも来たがった。

 しかし、ぼくは彼女を連れて行くつもりは皆無である。勝手に動かれて死なれては困る。いくらオトが強かろうとも連れてはいけないし、現状のオトは有能ではあっても強くはない。


 魔物召喚トラップであるショウカさんは、当たり前のように待機組だった。今朝もとっととノルマであるオーク五体、スライム二体、ゴブリン二十体を召喚した後、ぼくのベッドで寝ている。

 会議にも不参加である。

 でも、彼女はそれで良いと思っています。


「王都に行くのは、ぼくとアンフェスのどっちか、それからエポンだよ」

「ボクかい? ご指名は嬉しいが……なるほどね。理解したよ、くく」

「理解が早くてありがたいな」


 エポンを連れて行くのは、道中で有用な薬草を見つけてもらうためだ。ぼくたちはあくまでも素人なので、やはり専門家たるエポン直々に確認してほしい。

 王都内の薬草や薬についても、彼女ならば目利きできる。


 戦力としてはアンフェスバエナのどちらかで良いだろう。彼女たちは単体でもAランクの実力を有している。

 リンとオトは不満げであり、抗議してくるが聞く耳はない。


「じゃあ、アンとフェス。どっちがぼくと行くかな。申し訳ないけれども、どっちかは来てほしいと思ってるよ」


 非戦闘員として連れて行くエポンとは違い、遠征組には命の危険がある。

 行きたくない、と言われたら申し訳ない。が、行かないという選択肢はない。せめてどちらかは乗り気であってほしいけど――、


「自分が行くであります、フェス。自分は完全な前衛であり、貴様よりも優秀な姉であります。我が君を守るのは自分が最適であります」

「じ、自分でありますよ、お姉ちゃん。……じゃ、じゃま、するなら殺すね……?」

「やってみるでありますよ、雑魚竜がっ! 我が君の崇高なる使命に私情を挟むウツケに、自分の崇拝の心は負けないのであります!」

「お、お姉ちゃんは馬鹿だから、こと、言葉が解らない、のかな……」

「馬鹿は貴様であります。アンフェスバエナの頭部は自分であります。貴様はしょせん尻尾なのであります」

「そ、双頭竜はどっちにも頭があるから、双頭、なんだよ……本当にば、馬鹿なのでありますね、お姉ちゃん。恥ずかしいでありますね……」


 同時。

 姉妹は牙を剥き出しにして、手のひらからドラゴンブレスを放った。ショッキングピンクの光線と氷のブレスが衝突する。


「アハハハハ! わ、わが、我が君と六日間、二人っきりなのは自分で、ありますよ……!」

「自分であります!」

「あの、ボクもいることを忘れていないかい?」


 壮絶な殺し合いが始まってしまった。

 姉妹仲は良くないらしい。ぼくは溜息を吐きながら、わざとらしく手を叩く。


「やめて。どっちも連れて行かないよ」

「っ、解ったであります、我が君!」


 即座にアンがブレスを止め、止めなかったフェスのブレスで凍りづけにされた。かなりダメージを負ったようだけれども、どうにか欠損はせずに済んだらしい。

 自分のブレスで威力を相殺していたお陰だろう。


 よもや構わずに撃ち続けるとは思わなかった。

 本当にフェスは危険である。が、彼女の戦力は絶対にほしいし、基本が愛情であるらしいことから、無碍にしたいとは思わない。


 フェスが両手をあげ、愉悦に嗤う。


「アハハハ! じ、自分の、自分の勝ち、であります!」

「いや負けだよ。キミは危ないから連れて行かない」

「そ、そんなぁ。い、いい良い子にするでありますからあ」

「良い子は姉を凍りづけにしないんだよ」


 フェスの教育はどうにかしたいところだ。

 なまじ強いだけに手が終えない。

 ぼくが居ない間、どうにか女子同士でも交流を持ってほしい。魔物の生態上、自分と群れのボス以外はどうなっても良い、という本能はあるのだろう。


 無理に仲良くする必要はないけど、せめて「気軽に排除していい」とは思ってほしくない。


 まあ、実のところ、無理を言っているのはぼくだ。

 ぼくの主張は例えるならば「成熊に対して人を襲わず、他の熊が来たら戦ってほしい」くらいのことを求めている。決して不可能ではないが難しい。


「ともかく、ぼくは三日から四日くらい、このダンジョンを明けるよ」

「四日?」とオトが首を傾げる。


「往復で六日なんでしょう? どうするつもりなの?」

「それはもちろんダンジョンコアに注文するんだ」


 ぼくが選んだのは――、


       ▽

 アンフェスバエナを呼ぶのに三万ポイント、魔物召喚トラップで一万ポイント、残されたダンジョンポイントは一万ポイントくらいである。

 貯金、という選択もなくはない。

 しかし、今のぼくには必要な「力」があるのだ。


「……ダンジョンポイントでスキルを買うよ。必要なのは『時空魔法』かな」


 時空魔法。

 上級魔法のひとつであり、時と空間を支配する魔法である。

 あらゆる意味でチートな属性なのだが、これを人間が自在に操ることは難しい。消費が他の魔法とは桁違いであるし、空間や時の制御が難しすぎるのだ。


 最低限の時間や空間に対する、要するに「次元」についての理解があるぼくでも難しい。が、この世界の人間はすべて知識が皆無のため、制御することが不可能に近い。

 この世界の「時空魔法」は精々「異なる場所にアイテムを保管する魔法」や「印をつけた場所と場所を移動する魔法」くらいだろう。


 この世界の魔法スキルのシステムについて、せっかくだし語ろう。


 この世界で魔法を使う際、厳密には「スキル」は必要ではない。それは「体術」のスキルがなくとも身体を動かせることからも解るだろう。

 スキルがあったほうが「より行動が強化される」といったレベルなのだ。


 ゆえに「時空魔法」も習得直後から、ぼくがイメージする魔法は使える。スキルレベルが低いうちは消費が大きいし、詠唱時間も長いし、制御も難しくなるし、場合によってはミスをする、といった感じだ。


 ぼくは時空魔法を入手した。

 これで時空魔法を扱える。王都に辿り着いてから、すぐにダンジョンに帰還することが可能となったのだ。その逆もまたしかり。


 余ったポイントから、ダンジョン外に必要なアイテムも交換してしまう。現代のキャンプグッズは最高である。

 キャンプグッズ一式は、ぼくの「次元ポケット」に収納した。


 さあ、ワクワクの冒険の始まりだ!

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