第16話 モンスター召喚トラップのショウカ

▽第十六話 モンスター召喚トラップのショウカ

 アンフェスバエナのアンとフェスの召喚を終えたぼくたちは、休むことなく、次の戦力の召喚を企てていた。

 特化戦力は入手した。

 あとは継戦戦力、物量戦力である。これがなければダンジョン防衛なんて不可能である。ずっとアンとフェスやリンに戦い続けてもらわなくてはならなくなる。


 この『擬人化』ダンジョンには有象無象の戦力が存在できない。

 ぼくがダンジョンポイントで呼び出すものは、あちらの世界のアイテム以外、すべてが擬人化されてしまうからだ。


 その明確な欠点を覆すべく、ぼくは――モンスター召喚トラップを呼ぼうと思う。

 必要なポイントは一万ポイント。

 これはいわゆる「モンスターハウス」を生成するトラップだ。ダンジョン探索系のゲームを楽しんだ人には解るだろうが、このトラップは非常に強力である。


 多数の魔物を呼び出し、部屋全体に罠をちりばめる。

 これを踏むだけで「詰む」ことだってよくあるのだ。すべてのトラップの中でも「最凶」と言って差し支えない(まあ、実際には稼ぎにも使えるし、本当に嫌なのは装備破壊や劣化系の罠だとは思うけどね)。


 このトラップがたったの一万ポイント。お買い得だ。

 通常のダンジョンであれば、このトラップはかなり使い勝手が悪い。消耗品である上、召喚される魔物だってランダムである。それを一回ごとに一万ポイントというのは、意外に懐に効いてくるはずだ。

 切り札にはなり得るが、常用したいものではない。


 だが、擬人化ダンジョンの今までの傾向から、一度でも召喚してしまえば今後は無料だ。ずいぶんと能力的に期待できる……と思う。

 これは絶対に呼びたい。


 ということで召喚陣を起動。

 ぼくは「魔物召喚トラップ」を召喚した。


       ▽

 出現したのは、10代後半、あるいは20代前半といった風情の美女である。紅く長い髪がボサボサに跳ねている。顔の見栄えは良い。鋭さを持った、ハッとするような美人だ。

 けれど。

 大の字になって仰向けに寝ている様は、だらしない。

 他の召喚生物がきちんと衣服を着ていたのに対して、彼女は長いローブを一枚、身体にかけているだけだった。下半身はすべて見えている。


 ルックスは完全に大人の女性なのに、毛は生えていないらしい。


「えっと」


 ぼくは躊躇いながら、天井をぼうっと見つめる美女に問いかける。


「ぼくはこのダンジョンのマスターであるクラノです。貴女は……魔物召喚トラップさん、で間違いないですよね?」

「あー、まあー、そうだね」

「体調が悪かったりしますか?」

「そーいうのはないかなあ。ちょっと怠けたいだけー」


 良かった。

 体調が悪いのって最悪だからね。どうやら召喚トラップさんは面倒くさがりの怠けたがり屋さんであるらしい。


 ぼくとしては協力的であれば嬉しかった。

 しかしながら、いきなり勝手に呼び出しておいて「ぼくのために働けっ!」なんて言っているのだ。悪いのはぼくである。ならば、その要求を拒絶されたとしても、文句を言えようはずもない。


 仕方がない。

 幸いながらダンジョンポイントを稼ぐ手段はあるのだし、ニートでも構わない。いや、毎日、ダンジョンコアに魔力は注いでほしいけど。


 他の女の子たちが魔力を注がなくて良いのは、ぼくの固有スキル『明けない夜の蹂躙者』を発動させるためである。

 実質、翌朝のぼくが彼女たちの分まで、魔力をコアに注いでいるのだ。


 という説明を召喚トラップさんに説明し、安心させようとしたが上手くいかなかった。


「少年。あたしは怠惰な美人だけど、べつに働きたくないわけじゃないよー。それにキミはかわいいから抱いてくれるなら、それは嬉しいし……」

「そうなんですか? そっちのほうが嬉しくはありますけど」

「環境が良いからねー。少しばかり頑張ってこの生活が維持できるなら、そっちのほうが楽できると思うんだよね」


 それはその通りだと思う。

 ぼくたちは「あちらの技術」を呼び出すことができる。つまり、この世界の生活水準を数百倍よくした暮らしが可能なのだ。

 ソファひとつ挙げても、質には雲泥の差がある。


 ここで少し働く場合とここ以外で何もしない場合、前者のほうが暮らしの快適度は上なのだ。


「何もしなくても良いって言ってもらえたけど、それは悪いしね。せっかくの居心地の良い空間が、居心地が悪くなるし……まあ頑張りすぎないていどには頑張るよ」


 言って魔物召喚トラップさんが手に魔力を纏う。それを地面に叩きつけると同時、ぼくたちの周辺に十体のゴブリンが出現した。

 擬人化していない、通常のゴブリンである。


「ぎゃっ、ぎゃっ、ぎゃっ」


 ゴブリンたちは鳴き声を発し、近くにいたリンに近づいていく。どうやら世にも珍しい女性のゴブリンに惹かれてしまったのだろう。

 周囲を囲まれるリン。


「……きもい」


 リンは感情を一切、動かすことなく、手にしていた鉄の棒をなぎ払った。たったそれだけの動作でゴブリンたちは皆殺しにされた。肉片が飛び散る。


「あー、まあ、こういう感じの力かなー。あたしの言うことは聞くけど、基本的には自由行動の魔物が出てくるよー。レベルが上がったら罠も出せるようになるけど……質はそんなに高くないから」

「かなり便利だと思います。うちのダンジョンに一番必要な力かもしれません」

「ああ、少年。敬語はいいよー。そっちが主人なんだし、あたしだって今夜あたりキミの女にされるんだろー?」

「そんな無理強いはしてないですって」

「してくれたほうがお姉さん、燃えるんだけどなー。年下の綺麗な男の子に無理矢理って、憧れないお姉さんはいないって」

「いくらでもいると思いますけど」


 敬語を取れ、と言われても難しい相手かもしれない。

 今までの女の子たちは、あくまでも15才たるぼくの同世代、あるいは下の世代であった。だから気安く話せた面もある。

 一方、魔物召喚トラップさんはルックスだけは年上なのだ。


 ……真実は生まれたての0才児かもしれない。

 だとしたら罪深すぎるな、ぼく。まあ、自意識の面では異なるはずだ。彼女だって「お姉さん」を自称しているわけだし、生まれつき20才くらいの生物なのだろう。


「ところで」自称お姉さんが寝返りを打つ。


 ぶかぶかの服の隙間から、白いお腹がチラリと見える。ぼくはここ数日の女性経験から、意外とお腹もえっちな部位であると思い始めている。

 ドキリとする。

 魔物召喚トラップさんは美人なのだから。


「あたしの名前って何になるのかなー。あたしはなくても困らないけどさー」

「一応、ショウカさんって考えていました」

「なにー、それって初恋のお姉さんの名前だったりする?」

「いえ、まもの『しょうか』んトラップから取ってます」

「色気ねー。まあ良いよ。今日からは『ショウカお姉ちゃん』って呼んでね」


 ぼくは無視する。

 エポンだけは不適に微笑んで「ショウカお姉ちゃん」と呼んであげている。

 他の子は特に反応しない。気づいていたけれども、彼女たちってぼく以外には冷たいかもしれない。もっと仲良くやってほしいんだけど。


 ともかく、ぼくたちの戦力に「使い捨てにして良い」「数の多い」戦力が加わった。彼女が召喚した魔物を第一階層に展開するだけで、かなりダンジョンらしくなるだろう。


 今は彼女自身が低レベルなので、弱い魔物しか呼び出せないらしい。

 が、いずれは魔物の種類も増え、中級の魔物ならばいくらでも呼び出せるようになる。ボス系はぼくが呼び出すしかないみたいだけど。


 地味に懸念していた、ぼくが呼び出しすぎて管理しきれなくなる、という問題が解消できる。


 まあ、そこはぼくの器量次第かもしれない。

 どこかの国では、国のリーダーが百人単位で美女を侍らせていたとも聞く。「絶倫」のスキルもなしによくやるよね……まあ全員を相手にしようと思っていないだけだろうけど。


       ▽

 かなり戦力が充実してきたように思う。

 ダンジョンマスターのぼく。

 落とし穴のオト。

 ゴブリンのリン。

 MPポーションのエポン。

 アンフェスバエナのアンとフェス。

 魔物召喚トラップのショウカ。


 とりあえず、他にも召喚したい人材はいるものの、今は十分だろう。

 フェスという人格面で不安定な人を抱えてしまったのもある。仲間を増やしていくのは大事だが、今の仲間とも仲良くなっていかねば、それが原因で詰みかねない。


「さ、これから本格的に動いていこう」


 防衛戦力は整いつつある。

 あとは――攻めである。

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