第11話 悪夢の続き
▽第十一話 悪夢の続き
▽期待の新人Dランクパーティ『夜明けの顎』
瞬時に二人が殺害され、指揮官は麻痺毒で無力化されている。
事態を理解する間もない、一瞬の出来事。
すでに麻痺を喰らったクルシュは己が命を捨てている。
残るタンクのキーシュは鎧で鈍足で、匍匐前進を前提とする脱出穴からは逃げられない。追いかけられて殺されるだけだ。
今、生き延びられるのは魔法使いのマインだけである。
「マイン、落ち着け。キーシュが守ってくれるはずや!」
「な、なにがっ! なにをされてるの、私たちっ! 死にたくないっ! 死にたくないよ!」
「落ち着け!」
せめて自分が落とし穴に落ちていなければ、とクルシュは歯噛みをする。どうにかしてこの穴から脱出し、錯乱したマインの手を引っ張って――とそこまで思考した時。
瞬間、視界が広がった。
落とし穴の底だったはずが、急に地上に戻っている。足下を見れば、そこには穴はおろか竹槍すらもなくなっている。
――幻術を喰らったのか?
そう判断し立ち上がろうとするも、やはり麻痺毒は残滓していた。
「意味が解らんわ、くそが」
「そんな怖い言葉を使っては駄目よ」
「――っ、うしろ!?」
自身の背後、振り向くこともできず、首に何かが突き刺さった。喉から伸びる切っ先を見るに、どうやら槍を喉に突き込まれたらしい。
血が喉に詰まりながらも、クルシュは苦笑する。
「え、ええやん……完敗したわ」
クルシュの死を見届けたマインは、自身の前に突如として出現した二人を目にした。
一人はヒーラーのエレナを奇襲で殺害した、黒髪黒目の少年。白いゆったりとした服を身にまとう、妙に清潔感のある、綺麗な少年だった。
さきほどまでは半透明の姿をしていたが、今ではハッキリと目に映る。
もう一人はクルシュをあっけなく始末した、同じく黒髪の少女。地面に届きそうなほどに長い黒髪が、まるで底なしの闇のように見えた。
この少女もまた不自然に出現した一人だった。
綺麗な少年が呟く。
「この魔法使いは確保したいかな。どこまで情報が漏れているのかを知りたいから」
「旦那さまが望むなら良いわ」
「最後のタンクだけど……かなり強いね。リンで勝てるかな」
少年の声にハッと振り向く。
そこでは斧を担いだ幼女と、激しく切り結ぶタンクのキーシュの姿があった。
▽
一撃ごとに轟音。
剛撃と剛撃とのぶつかり合いは、重い衝撃はを伴いながら、周囲を吹き飛ばす。
そのタンクの男は、身長二メートルは超えていて、全身を覆う鉄鎧によって縦にも横にも巨大である。手にした大盾と剣とは、もはや鉄塊と表して過言ではない。
対するは、小柄な幼女。
だが、攻撃は拮抗する。この不思議な異世界であれば、あり得る光景だ。
リンのただ振り回すような斧が、タンクの盾と衝突する。轟音と同時、火花が散って盾に亀裂が刻まれる。
だが、男は冷静に盾でリンを振り払う。
シールドバッシュ。
叩きつけるような盾の一撃は、攻撃直後の無防備なリンに叩きつけられる。
「――鬱陶しい」
リンが呟いたかと思えば、盾に対して蹴りを放つ。明らかに分の悪い勝負は、なんと幼女の勝利に帰結した。
タンクの肉体が軽く宙を浮く。
リンは冷徹に斧を腹に叩きつけた。
「はあ……はあ、はあ」
一方的に優勢に見えるリンであるが、劣勢なのは彼女だった。
タンクは壁に叩きつけられるも、すぐに体勢を取り直し、また頑強な盾を構える。ヘルムに隠された唇が、スキル発動を口ずさむ。
「『修復』……」
見る間に亀裂の入った盾が元通りになる。
頑丈な鎧と盾、さらには防御系のスキル持ち。技術はリンを遙かに凌駕している。仲間が全滅しているというのに、彼はリンとの戦闘で判断を間違わない。
地味だ。
だが、傑物である。
リンの肉体には疲労。そして軽傷が積み重なっていく。
無傷のタンクと疲労困憊のリン。
趨勢は明らかである。けれども、観戦者たるぼくに心配はなかった。なぜならば、
「『ヒール』『スピードアップ』『パワーアップ』」
このダンジョンは通路状の構造をしている。一キロ先ほどには曲がり角があり、ちょうどその場所にはエポンが待機していた。
ヒールの回復範囲は視界の範囲と同義だ。ただし、しっかりと視認せねばならない。
エポンにはポイントで融通した、スナイパーライフルを渡している。そのスコープを覗けば、彼女のヒール適応範囲は驚異的に広がるのだ。
いざという時は援護射撃も可能だ。
かなり高かったけれども、買ってみて正解だったと思う。威力だって拳銃などとは比べものにならず、しっかりと火力としても貢献できている。
「……さいあく。リン一人ではかてなかった」
「……」
「もうたたかいの練習はおわり」
リンが眼光を鋭くする。纏う雰囲気が一変した。
ごくり、と誰かが息をのむ音がした。
タンクは何も言わずに盾を構えるも、気づけばリンは彼の背後に立っていた。斧はすでに振り下ろされており、彼の鎧の弱い部分――関節部分が力尽くで叩き折られていた。
「ぐぅ」
さすがに呻くタンクの首筋に、リンは全力の斧を振り下ろした。硬質なヘルムの下は、結局のところ、最期まで判明することはなかった。
そして、ぼくたちはその下を見ようとは思わなかった。
ぼくたちの緊張が一気に弛緩する。謎の冒険者パーティたちは想像以上の強敵であり、下手を討てば全滅していたのは、こちら側だったかもしれない。
そういう油断だった。
「あ、ああああああ! みんな、キーシュさん、クルシュさん、ボイドさん……エレナ。みんな死んだあ! なんで私たちがっ! おまえら!」
そう叫んだ魔法使いの手には、巨大な爆炎が握り締められていた。
おそらくタンクを援護するために、こっそり準備していた魔法なのだろう。でなくば発動があまりにも早すぎる。
彼女の首に槍を突きつけていたオトは、反応に失敗していた。
ぼくの『確保せよ』という命令と、『自己の安全』を天秤に掛けてしまったのだろう。それが判断を遅らせた。
ぼくも援護ように待機していた魔法を発動させる。
魔法使いに向けて指を向け、それを勢いよく鳴らす! これが『虚無魔法』のひとつ――、
『音響拡大』
爆音が放たれ、魔法使いは耳から血を吹き、意識を失った。
倒れる魔法使いを、リビング・落とし穴の少女は唖然と見つめていた。手にした槍は血にまみれて、洞窟の地面を濡らしていた。
こうしてぼくたちの「対冒険者の初ダンジョン防衛」は終了した。
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