第12話 防衛の反省会
▽第十二話 防衛の反省会
作戦はほとんど成功したと言える。
オトが落とし穴として先手を刺し、発見された場合は敵をスルーしてから後ろを取って挟み撃ちにする。
前方は、一見すれば弱者のリンを配置。相手の注目を奪う。あわよくば侮った敵の前線火力を不意打ちで殺害する。
ぼくは取得した『虚無魔法』で姿を透明化し、天井に張り付いて回復役を倒す。
エポンは全体を見ながらヒールや援護射撃を行う。
すべてが上手くいった。だが、今回の防衛戦は反省すべき箇所があまりにも多かった。
「まず」
ぼくはポイントで出したホワイトボードに、今回の反省点を書き連ねていく。といっても、彼女たちには文字が読めない。
これはあとでぼくが見返す用である。
「単純に戦力が不足している。今回は偶々勝てる相手だった。でも、もっと相手が多かったら、もっと相手が賢かったら、もっと警戒していたら、強かったら、ぼくたちは負けていたと思う」
「ダンジョン防衛戦を舐めていたわね、私たちは」
「そうだね。いつかダンジョンが発見された際、今回のような戦い方はできない。いくつものパーティが引っ切りなしに攻めてくるのだとしたら、ぼくたちの肉体が持たない」
そう。
根本的に戦力が不足しているのだ。どのような敵が現れたとしても、初手から総力戦を挑まねばならないのは厳しい。
相手が一パーティで、一回勝てば良いだけならば、満点だったけれど。
ぼくたちは勝ち続けねばならないのだ。どのような場面でも。
「次にぼく個人の反省点を挙げるね。……少しだけ人殺しを躊躇っちゃったよ。でも、今後は必ず慣れて躊躇しなくて済むように改善していくつもりだよ」
ヒーラーの少女を殺す際、ぼくは躊躇ってしまった。
本当ならば音もなく奇襲を成功させる予定だった。だが、飛びかかろうとした時、躊躇ってしまい、気づかれる切っ掛けを作ってしまった。
一番懸念していた、殺せない、ということはなかったけど。
でも手は震えた。
人を殺す感触は、嫌悪でも罪悪感でもなく、ただ「怖い」という気持ちをもたらした。猪やゴブリンを殺すのとは、まったく違う感覚だったと思う。
この恐怖は乗り越えねばならない。
ぼくは人類側の人間ではないから。ダンジョンマスターなんて生物、人類に見つかれば殺害されればまだマシなほうだろう。
拘束され、延々と物資を生み出し続ける人生が待っている。
もちろん、その物資の中には「ぼくが生み出すダンジョン産の美少女」も含まれるのだ。
ゆえにぼくは負けられない。
人類規格の善悪に於いて、ぼくは――クラノ・ユウイチは絶対的な悪かもしれない。人類を殺害し、物資を奪い、罠に導きくびり殺す。
だが、それはぼくという生物が生きるために必須のことだ。
ぼくは「人類の敵」で「ダンジョンの味方」なのだから。
覚悟を決めねばならない。
おそらく、多くの善良なる精神、あるいはまっとうな感性を有した人々は、ぼくの躊躇いや恐怖について許しをくれるだろう。
「おまえはまだ十五才の子どもだ。子どもがそんな覚悟を持つ必要はないし、躊躇ってしまったのもしょうがない」
そう言ってくれるはずだ。
でも、どこかの誰かが許してくれても、きっとぼくがぼくのことを許せなくなる。
ぼくが覚悟を決めている横で、口を開いたのはリンだった。
「たぶん、リンに斧はむいてない……」
「そうだね、あれだけ戦ってみてスキルがもらえなかったなら才能がなかったのかもね」
「リンに才能ない……」
「あくまでも斧の才能は、だ。次はそうだな……ゴブリンらしく棍棒にしてみる?」
涙目になったリンを手招きし、頭を撫でながら提案する。彼女はウットリと甘える猫のように目を細め、小さく頷きを返してくれた。
かわいい。
あのタンクとの戦闘は壮絶だった。
ぼくたちダンジョン勢はステータスや特殊な能力は十分だと思う。一方で「実戦経験」というものが決定的に不足している。
外で魔物と戦ってレベルを上げる時は、いつも奇襲からの安全策だからだ。
ゆえに、ぼくたちは双眼鏡で敵の陣形、装備状態などなどを確認し、敵がそこまで強力でないと判断した時、もうひとつの決定事項を手に入れた。
それは攻撃力の乏しいタンクを残し、前衛たるリンの練習相手にすることだ。
実際、リンにはよい特訓になっただろう。
ステータス的には勝っていても、実戦技術で完敗している敵との訓練なのだから。
見ている限りでは、リンの動きは戦いの中でかなり洗練されていた。あえて膂力勝負に持ち込んでいたが、リンは速度も高いので、縛りを設けなければ圧勝できるだろう。
斧に適性がないことも判明した。
リン的には悔しいだろうが、得られた物は多かった。
最後の反省はオトだった。
オトは上手く動いてくれた。罠としての動きも完璧で、最初はあえて小さい罠として意識させ、敵にとっての致命的な場面で最大の大きさに変じて敵を捕らえた。
罠状態を解除して、敵をさっさと仕留めたのも悪くない。
エポンが作ってくれた麻痺毒も、しっかりと効果を発揮していた。
ただひとつだけ拙い部分もあったのだ。それは錯乱した魔法使いが、ダメ元で放った魔法に対応できなかった点、である。
オトは俯く。長い黒の頭髪が顔面を隠し、その色すらも黒色に塗り潰している。だというのにその感情が手に取るように理解できるのは、この短期間で積み重ねてきた絆の賜物だろう。彼女は――失望しているのだ。
自分自身に。
「次からは迷いなく、旦那さまの指示を優先するわ。私は恥ずかしいの。自分の命惜しさに貴方の命令を無視しようと考えたことが……もちろん、一瞬よぎっただけで従ったわよ」
「うーん、そうだなあ」
オトはあの時、咄嗟の場面で「ぼくの命令」を優先した。敵を確保せよ、という命令。すなわち敵を殺害するな、という命令である。
しかし、ぼくとしては困る。
ぼくは今度はオトを手招きし、彼女の頭を撫でながら言う。サラサラな髪だ。
「ああいう時、優先するのは自分の命にしてほしいかな。他の人よりもキミのほうが大事だから。だから、命令違反なんて気にしないで、キミたちにはぼくのために生き残ってほしいし、できるだけ怪我だってしてほしくないよ」
「でも、私は……」
「まあオトの好きにしてくれて良いよ」
ぼくとしてはオトには、自分の命を何よりも優先してほしい。
しかし、ここでぼくが「自分の命を優先するように命令」をしたとしても、根本的な部分で「承諾」しないだろう。
むしろ「ぼくのために命令違反して良い」と解釈されるほうが拙い。
彼女の愛情や忠誠心ならば、躊躇なく、ぼくのために命を捨てかねない。
ゆえに任せる。
ぼくは今後、オトに対しては「命の危険がある任務」を言い渡さない。彼女が精神的に「ぼくの命令よりも己が命を優先してくれるように」なるまで、は。
もしかすれば、その時は永遠に来ないかもしれない。
でも構わない。
ぼくはオトを駒として使うつもりはないのだから。
「じゃあ、反省会はこれくらいで終わりかな? 悪いところもあったけど、それ以上に初めての防衛戦で完勝したんだ。今からは祝おう!」
「ま、待ちたまえ! ボクの反省がまだではないかね? もしやMPポーション差別かい? 特別扱いならば歓迎しようものだが、さすがに無視は悲嘆に暮れてしまうよ」
「エポンは何か反省するとこってある?」
「……」
乱入してきたエポンだが、彼女はしばし顎に手を当てていた。
が、十秒後、彼女は表情をパッと輝かせた。
「何もないね! どうやら完璧であったようだ」
「エポンは麻痺毒も良かったし、回復の支援も怠らなかった。接近も許さなかったし、いざという時に火力支援も行う余裕があった。反省点はなかったね」
「くくく……褒めてくれても良いのだよ、主くん」
エポンは不敵な笑みで両腕を広げる。どうやらハグでもしてほしいようだけれども、素直に従うのは恥ずかしく、ぼくは彼女の頭を撫でるだけにとどめた。
彼女は「くく」と下を向いて笑っている。
とりあえず今日はもうやることはない。
疲労も癒やさねばならないだろう。ただひとつ言っておくことがある。
「明日はおやすみにしよう」
「良いのかしら?」とオトが不思議そうな顔をする。
「今のぼくは不安定だ。恐怖している。このような状況で下手に決断をすればミスを招くからね。明日はゆっくりとキミたちと休んで、いま考えていることが正しいかを吟味しようと思うんだ」
「あしたはお楽しみ」
「そうだね、リン。目指すはスローライフ・ダンジョンだよ!」
露骨に発情し始めたリンから目を逸らし、ぼくはガッツポーズを決めた。ゴブリンたる彼女には避けようがないのかもしれないが、彼女にはえっちなこと以外の楽しみも見つけてほしい。
幸い、ダンジョンポイントでは、あちらの世界の物品も呼び出せる。
何か見繕ってあげよう。
さあ、明日は楽しい楽しい休みだ。何もすることなく、一日中、ぼうっとするよ!
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