第9話 レベルアップの成果とリンの進化

▽第九話 レベルアップの成果とリンの進化


 撤退した。

 あの後すぐ、オークなんて目ではない、強い魔物に遭遇したからだ。


 ベノム・コルピオン、というサソリ型の魔物である。


 格上であるオークを、それも群れを討伐したことで油断していたかもしれない。なんてことは言わない。

 今回は偵察も含めての遠征だったからだ。

 むしろ、素早く戻ってこれたことから、十分な戦果を挙げたと言うべきだ。


「じゃあ、今回の遠征の成果を見ていこう」


 ダンジョンコアを使い、配下のステータスを確認することができるのだ。


 まずは落とし穴のオトだ。

 ちなみに、HPや攻撃力などのステータスは省く。

 結局のところ、他のサンプルが少ない以上、数値が高いのか低いのか解らないからだ。


 名前『オト』 種族『リビング・落とし穴』 レベル『8』

 所持スキル 『影魔法1』『土魔法1』

 種族スキル 『落とし穴生成』『竹槍生成』


 さて、レベルに関しては1から8に上昇している。

 また種族スキルに『竹槍生成』が加わっている。落とし穴落下させた際、竹槍を生成してダメージを与えることができるようだ。

 正直、微妙なスキルである。が、これは未来に希望が持てるタイプの強化である。やがては落とし穴にハマった敵を毒沼で溶かしたり、凄まじい針で突き殺したりも可能だろう。


「オト、試しに落とし穴化してみて。レベルアップで大きくなるはずだから」

「ええ、良いわよ。見ていてね、私の旦那さま」


 合掌。

 と同時、オトの姿が落とし穴に変化する。以前までの彼女は「幅が直径一メートル、深さが二メートル」の小型の落とし穴であった。

 が、レベルアップした彼女は「幅が二メートル、深さが三メートル」の落とし穴と変わっていた。結構、変化しているように思われる。


「良いね、オト。この調子で世界一の落とし穴を目指してくれ」

「すでに世界一とは言ってくれないの?」

「美しさでは世界一だとは思うけど」


 うふふ、とオトは嬉しげに微笑んでくれた。


 次にリンである。


 名前『リン』 種族『ゴブリン』 レベル『10』

 所持スキル『体術1』

 種族スキル『繁殖1』『共食い2』

 特殊状態 進化可能


 レベルが10になっている。

 どうやらゴブリンはレベルが上がりやすい種族らしい。しかも所持スキルが増えて『体術1』となっている。

 また種族スキルの『共食い』のレベルが上昇しているようだ。


 だが、一番に目を引いたのは『特殊状態 進化可能』である。


「リン、なんか進化できそうだって。どうしたい?」

「つよくなる」

「おーけー。だったらダンジョン・コアの説明を見てみようか」


 ゴブリンはレベル10で進化が可能となるらしい。

 早熟の種族なのだろう。全体的に。


 ダンジョン・コアによれば、現在のリンには三つの選択肢があるという。


 1、ゴブリン・ソルジャー。

 2、ゴブリン・メイジ。

 3,ゴブリン・アーチャー。


「で、リンはどれになりたい?」

「ますたーに任せる。強いて言うなら、リンはますたーの番いがいい」

「それは何番?」

「一番の希望」


 もうすでに何度もしているので、願いは叶っているように思います。ちょっと恥ずかしいです。顔が熱くなってきたな。

 しかし、丸投げされても困るのだ。


 現状、ぼくたちのパーティで前衛はリンしかいない。

 しかしながら、ゴブリンの成長限界は低いのだ。いずれは前衛として通用しなくなると思うし、その頃にはもっと強力な前衛を用意している予定だ。


 現時点のステータスならば、ゴブリン・ソルジャーで前衛を。

 未来を見据えるのならば、ゴブリン・メイジで妨害などもできるようになったほうが、より戦力としては貢献できるだろう。

 アーチャーはなしだ。……いや、アーチャーならば銃も使いこなせるだろうか?


「悩ましいね……」

「たのしみ」


 リンは無表情ながらも、感情自体は豊かな質である。現在もそのつぶらな瞳は、ぼくへ一途に期待色を塗りつけてくる。

 裏切るわけにはいかない。

 比喩抜きで人生を、ゴブリン生を左右する選択なのだから。


「よし、決めた。今日からキミはゴブリン・ソルジャーだ。良いね?」

「つよそう」

「ああ、たぶん強くなるだろうね」


 ぼくはダンジョン・コアの機能を用い、リンをゴブリン・ソルジャーに変化させた。一瞬、彼女の幼い四肢を光が包む。

 次の瞬間、そこにはリンが立っていた。


「おー」


 と無表情で万歳をするリン。

 なにやら己が進化に感動と興奮とを覚えているようだが――違いがぼくには解らない。咄嗟に他の二人にも視線を送るも、彼女たちはサッと目を逸らした。


 リンがぼくをジッと見つめてくる。……とりあえず褒めとけ。


「強そうになったね、リン」

「見違えた。もうリンは最強かもしれない。こんなにつよそう」

「そ、そうだね……まあでも無理はしちゃだめだよ」


 リンは嬉しそうに自分の見違えた――主観――肉体を眺め回している。どこからどうみてもぷにぷに幼女ボディーである。


 ぼくがソルジャーにしたのには理由がある。

 未来のことを考慮するならば、ハッキリ言ってメイジ一択だった。しかしながら、それは魔法で差別化して、器用に立ち回れるようになるだけだ。


 結局、他の魔物の魔法のほうが強いだろう。


 つまり、どれを選んでもリンは戦力外になってしまうのだ。ゴブリンの低い成長限界が結末を決定している。

 ならば、せめて身体が頑丈になり、「今」活躍できるソルジャーが最適だ。


 仮にリンが戦えなくなったとしても、ぼくは彼女を見捨てない。

 ぼくの『明けない夜の蹂躙者(ネバーエンド)』がある限り、リンの存在価値は失われない。そのような価値がなくとも、一緒にいてくれるだけで嬉しいのだ。


 リンはゴブリン・ソルジャーに進化することにより、ステータスが増加した。さらには所持スキルとして『戦闘術』を入手した。

 このスキルは「戦闘時にステータスが増加する」という効果のスキルだ。

 単純に戦闘が上手になる、という万能スキルで使い勝手が良い。


 また、種族スキルの『繁殖』がレベルアップして2に変化した。

 夜戦に特化した種族なのだとしたら、彼女はぼくを殺しうる。

 今、満足そうに己が二の腕をぷにぷにしている幼女は、中々に末恐ろしい。


       ▽

 最後に見るべきは、リビング・MPポーションであるエポンである。戦闘への貢献度は低かったけれども、きっとレベルアップはこなしているだろう。


 ぼくたちは早く強くならねばならない。

 ダンジョンに侵入してくる人たちは、悲しいかな殺人上等の押し入り強盗も同然だ。こちらも全力で戦わねばならないよ。


 もちろん、偶に話し合いが設立するような敵もいるかもしれない。

 自分たちが侵略者の強盗だ、と気づいていない、根は善なる人もいるかもしれない。


 だが、その低確率を求めて全侵入者と会話することはできないんだ。じつは敵で裏切られることも考えれば、やはり入ってきた者は全員が敵として扱うべきなのだ。


 だから、エポンが強くなっていてくれたら嬉しいよね。


 名前『エポン』 種族『リビング・MPポーション』 レベル『5』

 所持スキル『水魔法1』『聖魔法1』『調薬1』

 種族スキル『下級MPポーション生成』


 ステータスが少しだけ伸び、所持スキルに『調薬1』が加わっている。これがどのようなスキルなのかは、まずはエポン自身に問うてみよう。


「エポン、キミには『調薬1』スキルが発現したみたいだけど。実感はあるかな?」

「無論だとも、主くん。ボクは元々ポーションであるからね。ポーションについては詳しいのだよ。ゆえに直感的に、ポーション作りに長じているのも理解できようものさ」

「つまりポーションを作れるようになったってこと?」

「ああ。素材は必須だがね。このスキルの利点としては、ボクが不在でなおかつポーションが必要な時に持ち運びできる点だろう。そして、もっとも重要なことが――回復ポーション以外も作成できる、ということさ」


 エポンはいずれエリクサーに至る、と自称している。それが事実かは否かは放置したとして、それ以外の――攻撃ポーションやバフポーション――にはなれなかった。

 が『調薬』スキルがあれば作成できるのだ。


「良いね、みんな。オトもリンもエポンも、今回の一回の戦闘で多くを得たね。とてもキミたちの可能性を感じさせてもらった。ありがとう」


 ぼくは思わず笑ってしまった。

 すると、少女たちは顔を真っ赤にして、一斉にぼくに抱きついてきた。正面のオト、右のリンに左のエポン……甘い香りと少女の柔らかさに、ぼくは安らぎを感じる。


 ぼくも優しく彼女たちを抱き返す。

 決して彼女たちを傷つけないように。洞窟の中は少しだけ暑かった。その暑さがちっとも嫌じゃないくらい、ぼくの胸は満たされていた。

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