第3話 増える幼女と固有スキル 

▽第三話 増える幼女と固有スキル


 オトが洞窟の外から入手してきた、大量の葉っぱ。

 それを大自然の布団として、ぼくたち三人は並んで眠りに就いた。ぼくはすっかり大人になってしまった。


 羞恥。

 罪悪感。

 それに言い訳のしようもない多幸感。


 悔しい。

 けれども、身体は正直であった。小さな温もりに溺れてしまいそうだった。今も目を閉じれば、蕩けた女の顔を思い出せる。


 ちなみに途中から落とし穴にハマったが、キミは関係なくない?


 まあ、いい。

 そんな小さなことは。


 いや、大きな出来事かもしれない。しかしながら、目の前の衝撃的な事実に鑑みれば、ぼくの少年としての飛躍なんてどうでも良い。

 今、ぼくの前には二人の幼女が立っている。

 裸の幼女×2、神秘的なかけ算。


 なんか増えているのだ、幼女が。


「あのさ、リン……なんで増えているの?」

「繁殖した」

「昨日の今日で!? しかも、ふたりの顔がまったく同じなんだけど」

「リンは今、しあわせかもしれない」


 お手てを繋ぐ、リンとリン。

 困惑するぼくに向け、自身の秘部を闇夜色の髪で隠すオトが言う。


「ゴブリンの繁殖は特殊なのよ。厳密には分裂なのよね。魔力から自然発生して、増える時は自分の予備を作るって感じかしら?」

「ファンタジーな生態してるなあ」

「どうするの旦那さま?」

「……無限に増えるどら焼きを思い出すな。というか、こんなに早く出産? されて、しかも子どもも求めてくるんだったら、もう詰んでいるんだけど」


 ぼくは恐怖を我慢できず、目の前に立ち塞がる手繋ぎ幼女を見つめる。

 かわいいけど。

 嬉しいかもしれないけれども。


 初代になっちゃう。


 戦々恐々するぼくに対し、リンは威厳たっぷりに頷いた。


「ますたー、あんしん」


 リンが呟くと同時、片方のリンが消滅してしまう。

 一人になったリンは満足そうに吐息を漏らす。ちょっと色っぽい。幼女なのに。


「何をしたの?」とぼく。

「吸収した」

「ゴブリンは増えるけど、増えたらご飯がない……だから食べる」

「?」


 疑問に首を傾げるぼくに、背後からオトが撓垂れかかってくる。柔らかな肉体の味を思い出して、ぼくは飛び上がりそうになる。

 力で押さえつけられ、逃げられない。


「ゴブリンには共食いの性質もあるの。増えすぎて制御できなくなったら、お互いに食べ合って人数を調整するのよ。そして、同族を食べた分だけ、ゴブリンは強くなるの」

「へえ」


 おそろし。

 頷きながらも、ぼくは自身の死が遠ざかったことに安堵した。やっていることはエグいかもしれないけれども、同一個体、かつ同一の記憶を持つらしいので、殺したという感じはあまりしない。

 言い訳かもだけど。


 ぼくはダンジョンコアに触れて、魔物管理画面を確認してみる。

 たしかにリンのステータスは倍に増えていた。


 え、つよ。


「これって明日もまたステータスが二倍になるってこと!? だとしたらゴブリンが最強じゃん!」

「二倍?」とオトは不思議そうに、ぼくの肩越しにステータスを確認している。


「普通、ゴブリンの共食いは……ああ、そうなのね。通常のゴブリンはあくまでも「捕食」つまりは経口摂取するの。でも、リンはよく解らないけれども、完全に吸収できているのでしょうね」

「リンって最強になるんじゃあ……」

「ステータスの上昇限界もあるでしょうし、他のスキルがなかったら弱いわよ」

「そんな美味しい話ってないよね……」


 リンの分裂速度は異常である。

 ゴブリンの子を見もごった女性は、出産までに一ヶ月を必要とする。しかも妊娠の確率は決して高くはないらしい。

 まあ、リンの強化はあと回しである。


「まずは何かを食べたいんだけど……」


 さすがに空腹である。

 昨日は何も口にしていないし、夜に至ってははしゃぎすぎた。何回も。

 生前はそういう行為は滅多にしなかった。だって独りぼっちだったし、やったとしても疲労困憊で翌日は生死の境目を彷徨った。

 生死だけにね、という品のないギャグを思いついたぼくを罰してほしい。


 本当に元気になったものだ。

 しかし、それでも空腹は等しく襲いかかってくる。幸いながら「ダンジョン産」の生物は食事の一切を必要としないらしい。

 嗜好品のようだ。

 ただし、空腹は感じるらしく、何も与えないのも申し訳ない。


 空腹を完膚なきまでに打倒するため、ぼくたちは狩りに出かけることにした。

 下手にダンジョンポイントを使用して食事を出さなかったのは、いきなり「食パンちゃん」とかが出現することを恐れたためである。


 アンパンちゃんとかが顔を千切りだしたら、リンの教育に悪いと思う。


 本来ならばベッドだって「その他」のメニューから呼べたのだ。それでも妥協して草の布団にしたのである。

 ベッドちゃんが来た暁には、身も心も包み込まれてしまう。大いなるリスク。でも、絶対にベッドちゃんとか依存しちゃいそう。

 やはり呼ぶか?


       ▽

 狩りのために必要なのは戦力である。

 一応、現在の『擬人化ダンジョン』の全戦力は、


 一昨日まではほぼ死人の『ダンジョンマスターのクラノ』

 昨日に発生した新種族『リビング・落とし穴のオト』

 史上初の女の子のゴブリン『めっちゃ発情してるリン』


 の三名である。

 あまりにも頼りない。頼りなさすぎて今日はいったん、ベッドでリンを強化したほうが良いのでは、とさえ思ってしまう。

 堕落の一途である。

 少しだけオトが嗤った気がした。ぼくを堕としたい、とか言ってたね。それが落とし穴の本能なのかな? 怖いね?


 戦力に不安は残る。

 しかも、ダンジョンの外はあまりにも未知数である。

 かといって戦わない選択肢はあり得ない。それは迂遠な自殺への道筋であり、決して二度目の死を受け入れる気のないぼくにとって、あり得ない選択なのだった。

 一択である。


「じゃあ、まずはリンが敵をダンジョンに誘き出すんだ。やって来たところをオトが捕まえ、トドメはぼくとリンで刺す」

「ますたー、だっこ」

「あとでね」


 リンを囮にするのは気が咎める。

 しかしながら、我らがパーティでもっともステータスが高いのは、悲しきかなリンなのである。

 ぼくはレベル1なのだ。


 さっきダンジョンコアでステータスを確認した。

 ぼくのステータスは貧弱だった。魔王の強化はダンジョンコアで行えるようだが、今はまだ伸ばすべき部分が理解できていない。

 強化はまだ早い。

 そもそもダンジョンポイントに余裕がない。


 ちなみにぼくは「固有スキル」というモノを所持していた。それがあまりにも悲惨であり、また、ぼくがこの『擬人化ダンジョン』を任された理由が察せられた。


 我がスキルの名は『明けない夜の蹂躙者ネバーエンド』と言う。

 そのスキルの効果は「絶倫」である。

 ぼくが神に願ったのは「来世での元気な生活」である。


 元気ってそういうこと……?

 もしかして神ってアホなのかな。でも、生かしてくれたから神様は神様です。


 この『明けない夜の蹂躙者ネバーエンド』にはもうひとつ効果があり、床をともにした相手の余剰MP・HPを吸収できるようだ。

 魔物や人は眠っている間、MPやHPが回復する。

 MPやHPが満ちていた場合、回復するはずだった分を手に入れることができる。その際、限界値が伸びていくようで、この調子でいけば魔法使い放題になれるらしい。


 ぼく、魔法、使えないけど。

 目指すは大賢者! もう魔法使いにはなれないからね……

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