第2話 発情ゴブリン幼女の襲来
▽第二話 発情ゴブリン幼女の襲来
さて、ぼくは是が非でも死にたくない。
どれくらい死にたくないかと問われれば、それこそ「死ぬほど」死にたくないのだ。一度、実際に死亡したぼくの感覚なので信じてほしい。
この世界がどのていど過酷なのかは、実のところ判然としない。
モンスターが跋扈していることはたしかだ。冒険者や騎士、兵士といった存在がスキルや魔法を用いて戦闘することも知っている。
知っているだけで、具体的な脅威が解らない。
唯一、理解できることは、ぼくのような貧弱なダンジョンマスターとレベル1の「リビング・落とし穴」では生き残れない、ということだ。
「定石では落とし穴やトラバサミを初めとしたトラップが必須だわ」
落とし穴のオトは、人差し指を立てて言う。
「そのトラップにハマった低級の魔物や人を、安い魔物で殺害するの。そうすればダンジョンポイントが貯まっていくわ。最初は最下級の魔物しか呼べないし、罠なしでは倒されるだけだものね」
「つまり、ぼくがキミを呼んだのは正解なのかな?」
「ええ、もちろんよ、旦那さま」
「あの……ぼくのことはクラノって呼んで良いよ? 旦那さまって質でもないしね」
「あら、貴方は『私の』旦那さまよ」
「う、うん……」
妙に「私の」の部分を強調して言うオトさん。
圧倒するような美少女顔には、筆舌に尽くしがたい迫力が加算されている。にっこりと微笑む表情は見惚れる一方、ちょっと怖かった。
罠は用意した。
あとは魔物を用意するだけだ。
できれば、罠をたくさん張り巡らせてみたいのだが、それは無理らしい。というのも、罠欄から『落とし穴』の存在が消滅していた。
ダンジョンコアから得た知識によれば、最上級の一品モノ以外は、何度でも繰り返し呼び出せるはずなのだ。魔物でも罠でも。
でも、どうやら『擬人化ダンジョン』では許されないらしい。
まあ、また落とし穴を頼んで「オトが二人」というのは、ちょっとやりにくいというか、クローン的な倫理観を踏みにじるようで恐ろしい。
むしろ安心するべきだろう。
「ねえ、オトさん。オトさん的には何を呼ぶべきだと思います?」
「あら、旦那さま。私のことは呼び捨てにして敬語なんてやめてほしいわ。奴隷のように扱ってほしいの……だって私は貴方だけの落とし穴だもの」
「そ、そうなんだ……」
妙に熱い眼差し。
ダンジョンから得た知識として、ダンジョンポイントで呼び出した魔物は、基本的に主人には絶対的な忠誠を誓うという。
その所為で好感度が高いのかもしれない。
あくまで忠誠であって、愛情ではないはずなのだけど……
ちょっと怖い。
だって初対面……ぼくには「え」ちゃんもいる。
「敬語も敬称も抜きにするよ。で、さっきの質問の答えはどうかな?」
「ゴブリン、オーク、スライム……これが基本かしら? 蛇系やウルフ系も低コストでオススメだけれとも、このダンジョンのテーマ的に合致しないかもしれないわ」
「あー、そうか。この『擬人化』ダンジョンでウルフ系や蛇なんかは、ちょっと利点が薄れるのか」
オオカミの強みは群れられること。
全員が一品モノになる『擬人化ダンジョン』ではメリットが一つ失せる。
同時、蛇などの小さく、なおかつ不意打ちが得意な生物も、女性になってしまう関係上、やめておいたほうが良いだろう。
この『擬人化ダンジョン』は、マスターにとっての異性しか出現しないらしい。
なんかえっちだね!
前任者ふたりが「そういう理由」で死んでなければ、だけど。
「腹上死は嫌だ、腹上死は嫌だ……」
「うふふ」
「どうして微笑むの……」
落とし穴一人でダンジョンを運営するなんて不可能。
覚悟を決め、ぼくは新たな魔物を召喚することにした。まずはダンジョンものの基本にして切り札――ゴブリン、キミに決めたっ!
50ポイントを支払い、ゴブリンを召喚してみる。
これで残りポイントは40ポイントである。
召喚陣が現れ、発光の後に――地面にペタリと座り込む、美幼女が現れた。
とても可愛らしい幼女である。
おでこには二本、乳歯サイズの角が生えている。それ以外、まったく人間と区別がつかない美幼女だ。
頭髪は抜けるような真っ白で、それがふんわりとボブカットにされている。ちょこん、と片方に小さく毛束がサイドテールのように飛び出ている。
年齢は十から十二、といったところだろうか?
少しだけ胸が膨らんでいる。少女に至る直前の幼女、といった風情である。この表現はなんか気持ち悪いと思った。
幼女はぼんやりとぼくを見上げている。
血色の赤い瞳がとろん、としている。何を考えているのかが解らない。無表情に近いのだが、薄らと頬が赤らんでいる。
「ますたー」
「? ああ、そうだね。たぶん、ぼくがキミのマスターだね。クラノだよ」
「ますたー」
こっちに向け、手を伸ばしてくる。
まるで抱っこをねだる子どものようだ。いやまあルックスは完全に子どもなのだけど。あくまでもゴブリンである。
ただかわいい。
「ますたー」
「なにかな? そうだ、キミの名前を――」
「せっくすしたい」
「ん? えっとあの……そうだ、キミの名前を――」
「ますたーと交尾する。繁殖したい」
「……オト、呼んだ子ってどうやって返すの!?」
振り向いて叫ぶぼくに、オトは微笑みながら首を振った。
「返品は不可よ?」
「……そうなんだ」
「どうしても嫌だったら殺せば良いの」
「殺されても嫌だよ、それ」
改めてゴブリンの幼女に目を向ける。とろん、とした顔は変わらない。ほとんど無表情ながら、彼女の言動を見聞きしたぼくには理解できる。
この幼女、発情してやがる。
古今東西、ゴブリンといえば――ソレだ。
ありがちな異世界ファンタジーとして、ゴブリンにはメスが存在しておらず、人間の女性に酷いことをして増えるというのがある。
そして、この世界には本来、メスのゴブリンは存在しない(ダンジョンコア知識)。
ぼくはワンチャンを狙っていた。
メスがいないのならば『擬人化ダンジョン』のテーマを撥ね除けられるのではなかろうか、という期待である。そうすれば無数のゴブリンを従えられる。
女性の姿をしていなければ、いわゆる「使い捨て」「捨て駒」のような扱いができる。
そういう戦いはダンジョンマスターの基本なのだ。
でも、女性の、それも美幼女の姿をされていれば――見殺しにできない。しかも発情しているのだ。
「ますたー、したい」
とうとう立ち上がったゴブリン少女が、とてとてと近寄ってくる。ぼくの胸に飛び込んでくる。ぼくの貧相な胸板を、彼女は愛おしそうに頬ずりしてくる。
はあはあ、という息づかい。
発情期らしい。
「ゴブリンはそういう生き物よ。繁殖することしか頭にないわ。ゴブリンにとって繁殖は食事や寝ることよりも優先される本能なの」
「でも、犯罪じゃん……ぼくも子どもな年齢だけど」
「このダンジョンの法は旦那さまよ。べつにこの世界では違法でもないし。相手はゴブリンだし。その理論で言えば私だって生後10分だわ。それになによりも――」
ゴブリンちゃんを見る。
見上げてくる幼女の瞳はうるうると濡れている。人間目線でいえば、ご飯を抜きにされているようなモノなのだろう。その上、睡眠禁止だ。
可哀想になってくる。
罪悪感。
でも、このような幼女と致すのは良心が――かといって放っておくのも良心が。なんだこれ、この悲しい二択は!
「ますたぁー。ふ、ふえええええん」
幼女、号泣。
しかも泣きながら、その、自らの下半身も触り始める。絵面がヤバすぎる。いや、たぶんゴブリンは元々小さい種族であるし、きっと彼女は成人。
そういう種族。
この物語に未成年は登場しません。ぼく以外。
ぼく16才!
三歳差でもアウトでしょ。
でも、実際のところゴブリンちゃんは年齢不詳であるけれども。
「……泣かないでゴブリンちゃん」
「したい。したいのぉ!」
「うん、解った。解ったからね。泣かないでね? まずは名前をつけようね?」
「なまえもらう……しかるのち、する」
「じゃあ、キミの名前は――リンにしようかな」
こうして新たな仲間、ゴブリン幼女のリンが配下に加わった。
この時、薄々ながらに気づき始めた。
前任者が、とくに初代が腹上死したのって、こういうのを断れなかったからじゃあ……ぼくまだまだ死にたくない。
心の底から幼女を恐れた。
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