【擬人化ダンジョン】運営中につき
轟イネ
第一章 ダンジョンマスターとジャバウォック討伐戦
第1話 擬人化落とし穴のオト
▽第一話 リビング・落とし穴のオト
死んだ。
ぼくの十六年間は、まったくの無意義な時間だったと思う。
ずっとベッドの上。
いつもあるのは苦しみ、痛み、寂しさ。
それ以外の何もなかった。夜の病院、無機質なベッドの片隅で――ぼくは孤独に死んだ。
「ああ、神様」
もしも、もしも来世があるのならば、次はもっと――
「元気になりたいな……」
それが最期の言葉だった。
何もかもが真っ暗になり、そして耳朶に響いたのは女性の声。
「良いわ、少年。慈悲深い神は貴方の願いを聞き届けましょう」
「……え?」
気づけば、ぼくは真っ白な空間に立っていた。病室の病的な白さとは違う、どこか温かで神聖な白一面の世界。
ボンヤリとした光が、言葉を続けた。
「貴方に次の機会を与えましょう。誰よりも『元気』になれる力を授けて」
「……ぼくは死んだんじゃあ……?」
「さあ、次なる調停者よ。大いなる才能はすでに授けられました。世界のために生きることを許しましょう。貴方の才に見合った
「ちょ、ちょっとまっ――」
意識が真っ白に包まれた。
▽
地面に倒れている。
硬い土の上。病院用の服のまま、ぼくは地面に倒れていた。生まれてから一度も土遊びなんかしたことがないけれども、べつに体験したくなんかなかった。
とくに生き返った直後には、だ。
「最悪だ……服が汚れた」
立ち上がって土埃を払う。
それから全身を眺めて理解する。身体のどこも痛くない。だるくない。血を吐く気配もないし、呼吸に疲れて肩が上下することもない。
健康だ。
夢にまで見た健康な肉体だ!
「ありがとう神様!」
おそらくは異世界転生。
いや、赤子からスタートしていないので、異世界転移と呼ぶべきかもしれない。が、そのような細かな点なんて気にならない。
これが夢だとしても、ぼくは今を全力で楽しむのだ。
さて、楽しむ前に、ここはどこだろう?
見たところ、どこかの洞窟といった風情である。薄暗い。なんだかジメジメとしており、土と岩しか視界には写らない。
シンプルな洞窟である。
「ステータス!」
ネット小説で読んだ展開では、まずはこう叫ぶことがお約束だ。だが、ぼくの期待に反して何も表示されることはなかった。
健康な肉体を得たとはいえども、チートとかなしに生きていける気がしない。
そういえば、あの神的な存在は『貴方の才に見合ったダンジョンを用意した』と言っていた。だとすれば、ここはダンジョンなのかもしれない。
振り向く。
そこには宙に浮かぶ水晶玉があった。反射的に手を触れてみれば、
『ダンジョン制覇。攻略者クラノ・ユウイチを三代目ダンジョンマスターと認定いたします』
「おお! ダンジョン運営ものなんだね。運動とか経験なかったし良かった」
剣と魔法の世界でやっていける気がしない。
宙に浮かぶ水晶(以降、ダンジョンコアと呼ぼう)に触れれば、水晶には無数の文字列が浮かびだした。
日本語である。良かった。
ダンジョン名『擬人化ダンジョン』
保有ダンジョンポイント 100
ダンジョン作成・編集
魔物召喚
罠
アイテム
その他
ダンジョンマスター強化
いくつかの項目が出現した。
どうやらこのダンジョンの名前は『擬人化ダンジョン』というらしい。ダンジョンコアに触れた途端、あるていどの知識が脳に流れ込んできた。
この世界のダンジョンには、それぞれ「テーマ」が存在している。
このダンジョンの性質は「擬人化」であり、ダンジョンポイントで呼び出すモノが『擬人化』するようだ。
ちょっとピンと来ない。
ぼくはこのダンジョンの三代目マスターであり、前任者は全員死んだらしい。
初代は男性。死因は腹上死。
二代目は女性。死因は……オークイケメン100人相手を試すわ! ひゃっはー、今夜は最高の夜になりそうね! が最期の台詞だったらしい。
ダンジョンの記憶によれば、二人とも幸せそうに死んだらしい。
「ど、どういうダンジョンなの、ここ」
どん引きしつつも、ぼくはダンジョンの力を使うことに決めた。
いきなり「擬人化」した魔物と相対する自信はない。よく概要を理解できていないことも手伝っている。
かといって無防備では居られない。
ダンジョンが襲われれば、今のぼくは何もできずに死ぬのだから。
「まずは罠だね。どうせ強い魔物は呼べないんだし……一番やすい罠でいこう」
ぼくが選択したのは『落とし穴』である。
10ポイントを使用して落とし穴を設置する。設置場所は任意で指定できるらしい。なるべく真正面、ダンジョンコアに辿り着けなくなるような場所に設置してみる。
設置箇所に光。
あまりの眩しさに目を腕で隠す。しばらくして光が収まり、ぼくが目を開けたところ、そこには罠がなかった。
代わりにいたのは、己が目を疑うような美少女であった。
闇夜のような頭髪が、腰まで伸ばされている。その漆黒から覗く顔は、正反対の真白であってよく目を引く。
ハッとするような美貌。
純黒の瞳がぼくをぼうっと見つめている。左目の下には泣きぼくろ。
「あら」美しい唇が、嬉しそうに歪む。
「貴方様が私の旦那さまなのね? ……素敵」
そう言った。
ぼくはゴクリ、と突如として出現した美少女に息をのむ。だが、黙ってばかりもいられず、緊張とともに言葉を吐いた。
「キミは……誰です?」
「あら、呼んだのは旦那さまでしょう? 私は貴方がさっき呼んだ『落とし穴』……リビング・落とし穴の女よ?」
「……うえええ」
罠まで「擬人化」するの!?
というかリビング・落とし穴って何! どうみても普通の美少女であるけれども。
「信じていないのね、悲しいわ。旦那さま」
がっくり、と美少女は悲しそうに肩を落とす。
まるで親に捨てられた子どものような顔に、ぼくは慌てて首を振った。こんなに可愛い女の子を疑うだなんて、なんてぼくは悪い奴なのだろう。
どう見ても、目の前の女の子は立派な落とし穴である。
いや、そんなわけあるかーい!
「証拠を見せるわ」オトが言う。
言うと自称「リビング・落とし穴」は柏手を打った。
その途端、少女の姿が消失してしまう。代わりとでも言うように、彼女が立っていた場所には深い穴が開いていた。
直径一メートル。
深さは二メートルと言ったところだろうか?
……落とし穴だ。
「え、えっとお……マジです?」
試すように落とし穴に手を入れてみる。どう見ても普通の「穴」である。
「んっ」
穴から少女の甘い声が響く。
「そんなところを触るだなんて……大胆だわ、旦那さま」
「ぼくはどこを触ったの……」
「良いのよ、旦那さま。私のすべては旦那さまのもの……好きなところを触って?」
「この穴の好きなところってどこ?」
「えっちなのね」
マジでただの穴にしか見えないんですけど。
興奮するよりも困惑しているのですけど。
ぼくが穴から手を引き抜こうとする、寸前。
穴が突如として消滅し、またもや美少女が出現していた。穴に突っ込んだままだった腕は、そのまま彼女の下腹部に触れていた。
下着に手を突っ込んでいる。
少しだけ湿る指先。
あっ。
落とし穴さんの腕が伸びてくる。その両腕はぼくの頭部に回され、軽く抱き締められる形となる。柔らかな胸が、ぼくの胸にぶつかり、押し潰されている。
少女の唇が耳たぶに触れた。
「ねえ、旦那さま。私をどうしたいの?」
「ご、ごめんっ!」
「うふ……構わないのよ? 私は貴方をドロドロに堕としたいのだもの……」
咄嗟に身体を引く。
手を振り払う。
少女は残念そうに肩をすくめ、それ以上のことはしてこない。ちょっともったいないことをしてしまったかもしれない。
「ところでキミの名前はなんて言うの? ぼくの名前はクラノ」
「名前なんてないわ。ダンジョンから生まれた生物にはね。もしも個体名を欲するのならば、貴方が名付ける必要があるわ」
「名付けイベント……困る」
病弱だったぼくは、何かに愛着を持つことを恐れていた。だって死ねば何もかもがなくなってしまうし、死ぬことが怖くなってしまう。
ゲームのキャラだって持キャラは本名だったし、味方に名付けられるゲームなんかは「あ」とか「い」にしていた。徹底していた。結局、ぼくはゲームのNPC「え」ちゃんにガチ恋した過去がある。
くっ、「え」ちゃんを残して死んでしまうだなんて痛恨だ。
ともかく、ぼくはそういった経緯から、あらゆる名付けイベントを不得手としている。生前は自分の戒名を勝手に考えていたくらいだ。
……悩んだ末、ぼくは簡易に結論した。
リビング・落とし穴――ゆえに、
「じゃあ、キミのことは『オト』って呼んで良いかな?」
「私が落とし穴だから?」
「うん」
「じゃあ、べつに『アナ』でも良いのよ? いつでも好きなように使えるアナ」
「オトで」
「初めまして『私の』旦那さま……オトよ」
こうしてぼくは初めての眷属――リビング・落とし穴の『オト』を配下にした。この時のぼくはまだ気づいていなかった。
これから待つ、ぼくの運命。
オトとの出会いは序の口に過ぎなかった。
ぼくの『擬人化ダンジョンでハーレム運営』は、この瞬間から始まっていたのだった。
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