第4話 初めての狩り
▽第四話 初めての狩り
結論から言ってしまえば、初めての狩りは失敗に終わった。
非常事態が発生したからだ。
ダンジョンとなっている洞窟を抜ければ、そこに聳え立っていたのは木々。それから斜面……どうやら『擬人化ダンジョン』は山中に発生したらしい。
軽く周囲を観察した結果、北側の山には強力な魔物が住み着いている。だが、それ以外の方面に関しては大したことがない。
無論、レベル1のぼくが出陣すれば殺害必至ではあるけど。
ぼくたちは狩りを始めていた。
ゴブリン娘のリンが囮となり、ダンジョン内に動物を連れてくる。今回、誘致したのは猪であった。
体内に魔力を持たないことから、おそらくはシンプルな猪だ。
ダンジョンに侵入すると同時、猪はオトに捕まってしまう。
そこにリンとぼくとが石を投擲。
あっという間に殺害してしまう。魔物でなかったために経験値は乏しく、ぼくたちは揃ってレベルが上昇しなかった。
……あとは血抜き、それから解体だけ。
ここまでは狩りは順調と言えた。
オトが使えるという影魔法や土魔法に頼ることもなく、作戦通りに猪を仕留めることができていたのだ。
次の、悲鳴を耳にするまでは。
「た、たすけて! 助けなさいっ! 誰かっ!」
「逃がすな、野郎ども! お前らは傷をつけんな。どうせ逃げられねえ」
「いやああああ!」
かなり通る声でのやり取りだった。
おそらく女性が集団に襲われているようだ。
「最初の遭遇は山賊とかかな? まあ、そうなるよね」
このような山中である。
一般的な人間が侵入するメリットは皆無であるし、最初に遭遇することになるのは山賊であろうとは思っていた。
しかし、想定よりも早い遭遇だ。
うーん、と顎に手を当てて悩む。が、オトは気にした風もなく、影魔法で生成したナイフで猪の解体を始めていた。
「旦那さま? 早く食べましょう。助けようと迷っているようだけど、あまりオススメできないわ。メリットが乏しすぎるもの」
「そうなんだよね……」
山賊である。
一般人よりは戦闘行為に躊躇いがないだろう。
この周辺の環境を知らないために判断つかないが、突出して強くはないのだろうな、とは思っている。
賊に身を落とした、ということは普通には生きていけなかった証左だ。
農民であれば不作の結果。食べ物にも困っているために実力はないだろうし、街に住めなかったのならば冒険者としてやっていけない実力しかなかったはずだ。
もちろん、相手が実力派の大犯罪者であることも考えられるけど。
それはいささか低確率すぎるように思われる。
ただいくら相手が弱かったと仮定しても、ぼくらよりも強い可能性は普通に高い。だとすれば助けを求める声に応じるは、あまりものリスクであった。
ぼくの周囲にいるのが「ただの落とし穴」や「ただのゴブリン」であれば違う。
使い捨てにしても良心の呵責はない。
が、今のぼくは二人を守らなければならない立場でもあるのだ。よし、ここは心苦しいけれども見捨てよう――そう結論するつもりだった。
だけど。
「やめてええええ! ぶたないで! ごめんなさい、ごめっなさ!」
露骨に殴打の音がして耳を塞ぐ。
無理そうだった。
ぼくが神に願ったのは「次の生を元気に生きること」だった。
この音を無視することは、ぼくの「心の元気」を損なう。少なくとも、まったく見て見ぬ振りはできなくなった。
解っている。
見捨てるのが確実である、と。
「オト、リン。見捨てるのが正解だと思う。でも、その……あの山賊は女性に暴力を振るうことを躊躇わない。つまり、ぼくたちが見つかったら狙われる。だったら、潜在的な敵が獲物を得て油断している、今がチャンスだと思うんだ」
厳しい言い訳であるが、一応の理論は用意してみる。
すると、オトはつまらなさそうに苦笑していた。隣のリンに至っては何も考えていない顔で、地面にペタンと座っている。
「旦那さまが望むなら理由なんて要らないのよ? そのようなつまらない言い訳を並べる必要はないわ」
「この群れの主はますたー」
なるほど。
ぼくはダンジョンモンスターの忠誠心を侮った――どころか見くびっていたらしい。
とてもとても申し訳ないけれども、ぼくの我が儘に付き合ってもらおう。
まあ、無理そうだったら逃げるけどね。
こうしてぼくたちの「初の狩り」は中途半端なところで切り上げられた。完全に解体し、食べるところまでが「狩り」なのだ。
失敗である。
でも、今から行う狩りは――上手くやってみせる。
「手始めにオト。土魔法って――」
▽山賊の長 モーテス
山賊の長――モーテスは己が「山賊」の才に震える思いだった。
農民なんてやらされていた二十四年間を返してほしいくらいだ。元々、彼は一般的な農民として生まれ、ずっと農業に従事していた。
特段、腕が悪かったわけではない。
ただ昨年は少しだけ――雨が少なかった。たったそれだけのことでモーテスはすべてを失うことになった。
色々と悪いタイミングが重なり、今や山賊。
しかし、もっと早くこうなるべきだったのだ。
才能があった。
数人の仲間と襲った商人が、偶然にも大金を運んでいた。ぶっ殺した商人の娘は、村にはいなかったような美人であった。
村にはなかった、無数の悦楽。
次々に襲撃は上手くいき、山賊としては一角の人物とされるようになった。
今や貴族に命令され、安全に効率的に「狩り」をする身分である。
「さあ、俺様を楽しませろ、女ぁ!」
モーテスは知っている。
今、彼が組み敷いて顔面を殴打している女は、身なりこそ貧しく装っているが、一角の人物のようだ。
自分たちのような善良な平民を苦しめ、贅沢をしている悪人なのだ。
だから、何をしても許されなければならない。
口元がだらしなく緩むのも気にせず、モーテスは少女の顔面を破壊に掛かる。一応、雇い主の命令では「確実に殺す」ように命じられている。
だが、モーテスは自身を「才能ある山賊」だと信じて疑わない。
ただ殺すだけでは旨味が少ない。才能ある山賊であれば、もっともっと上を目指すべきなのだ。だからこそ、モーテスはこの貴族の女で遊ぶつもりだった。
ひとしきり遊んでから、奴隷商に売り飛ばす。
雇い主には上手く誤魔化せば良い。
どうせ雇い主の貴族だって偉そうなだけの無能なのだから……そう彼は本心から信じていた。
山賊という「仕事」に於いて、自身は間違えない。
モーテスはそう確信しているのだった。
無茶苦茶に殴打を繰り返しているうち、気丈だった少女の声が止まる。仲間には回復魔法を使えるモノもいるので、むしろ、これからが本番なのだった。
「さあ、今日は眠らせねえぞ……」
「あー、お姉ちゃん。人がいるよ。もうすぐ夜だし、私たちが住んでいる安全な洞窟に安全してあげようよ」
「……は?」
少女の蹂躙劇に陶酔していた彼らは、自分たちに接近する影に気づいていなかった。だが、声が発せられたことにより、初めてその存在を認識する。
顔を上げる。
そこにいたのは二人の――見たこともないような美少女と美幼女だった。
思わず力が抜け、殴りつけていた貴族から拳を引く。持ち上がった拳と少女の鼻との間に、真っ赤で粘着質な糸が引く。
ほしい。
心の底からそう思わずにはいられない、美姫たち。それが自分のテリトリーに存在することに、山賊の長は神に感謝したくなった。
青ざめた顔をした、黒い長髪の少女が叫ぶ。
「馬鹿! あれは山賊っ! 逃げるのっ!」
「? でもお姉ちゃん。この山は魔物さんが多いんでしょ? 男の人がいたほうが安全だよ!」
「いいから!」
姉のほうは必死の形相で妹の腕を引き、走り出す。
にたり、と嗤いモーテスは貴族少女の上から退いた。己が部下たちに繰り出すべき指示は、すでに口が発し始めていた。
「追え」
「いひひ! 上玉だ! しかも安全な洞窟だってよ! ゆっくり遊ぶ場所までつけてくれるなんて女神さまだろ、あいつらっ!」
しかも妹はこうも言っていた。
『男の人がいたほうが安全だよ!』
すなわち、その安全な洞窟とやらには「男がいない」のだ。戦力がいない。魔法が使えるのならば男を欲する必要はない。
これから貴族女でたっぷり楽しむつもりだったが、さすがに外では魔物の脅威がある。あるていど従順にしてから、どこかに連れ込む予定が――最高の結果がやって来た。
今日は最高にツイている。
涎を垂らすモーテスの頭上遙かには、一羽の鳥が飛んでいた。死肉を喰らうその鳥は、お山の大将を見て――嬉しそうに鳴いていた。
▽山賊の長 モーテス
洞窟はすぐそこにあった。
だが、その洞窟は侵入早々に奇妙な箇所がある。
直径一メートル、底が二メートルくらいの穴が開いている。あまりにも不自然なその穴に、自身を含めた数名が首を傾げていた。
「大将!」と山賊の頭脳ジョンが言う。
「おそらく、あの女どもがない知恵を働かして、事前に掘っていた罠でさあ。まだ完成する前に俺らに見つかったんでしょうや」
「なるほどな。馬鹿な奴らだ。大人しく洞窟に隠れ住んでいれば助かったモノを」
このようなくだらない細工に頼らねばならないほどに、あの美少女たちは防衛能力がなかったということだ。
まあ、一流の山賊たるモーテス様に掛かれば、万全の防衛戦力があろうとも関係がない――と彼は心底から思い込んでいた。
それが命取りだとも、知らずに。
「まずは洞窟の奥まで行く。数日は世話になりそうだ。女三人――たっぷりと楽しませてもらおうじゃないか。規模感によっては拠点にしてやっても良い」
あの二人の女は絶世だった。
できる限りずっと手元に残しておきたいのだ。
「ジョン、てめえはそこの女連れてこい。引っ張ったらついてくるだろ」
「おうですぜ、大将。ちなみにあの二人のどっちか、俺に先にくださいよー」
「てめえは便利だからな。それくらいの褒美はやろうかね」
「ぎひひ、やった!」
そのままモーテスたちは奥に進んだ。
暗闇の中、突き当たりに辿り着けば、そこには曲がり角がある。右方向に伸びた進路、しかしながら、どうやらこの洞窟は直線しかないらしい。
逃げ場はない。
意気揚々と山賊たちは死地に飛び込んだ。
▽
想像以上に作戦は上手くいっている。
ダンジョンにはいくつものルールが存在している。その制約のひとつに、ダンジョンは確実にダンジョンコアに辿り着くルートがなくてはならない、というものがある。
ぼくは今回、なけなしのダンジョンポイントを用い、ダンジョンの姿を変化させた。
といっても通路を増やしただけだ。
階層を増やしたり、大きな部屋を用意したり、そういった大工事ではないので、事前に所持していたポイントと猪を殺害したポイントで賄えた。
ちょっとした迷路を作成してみたのだ。
当たり前のように「ちょっとした迷路」だなんてなんの役にも立たない。あっという間にしらみつぶしにされるのがオチである。
しかし、ぼくはそこにひとつ手を加えた。
オトの土魔法である。
落とし穴――すなわち「土そのもの」であるオトは、高い土魔法の適性があった。それを利用して、ぼくは――壁を土の魔法で塞いだのだ。
これによって生じるのは、出口のない迷宮である。
「最初の仕掛けも上手くいったわね、旦那さま?」
「うん、とても良い主役ぶりだったね」
ダンジョンの入り口にあえてオトを展開していた。突如として出現した大穴に気を取られ、山賊たちは重要な事実を見逃していた。
じつは入り口に入ってすぐの壁、その下部には大人が匍匐前進すればどうにか通行できるレベルの横穴があったのだ。土魔法で蓋をしていたので、まあまず気づけなかっただろう。
が、オトの派遣は念のためのミスディレクションだったというわけだ。
そして、その隠し通路こそが唯一、ダンジョンコアに続く道である。
ぶっちゃけズルだ。
でも、こっちは命を賭しているので手を抜くわけにもいくまい。
今も山賊たちはダンジョン内の小型迷路を彷徨っている。それをぼくたちは監視している。というのも、ダンジョンの壁を銃眼(壁にわざと小さな穴を開け、そこから銃を撃てる構造である)にしているのだ。
ちょうど今、ぼくたちの前を山賊たちが通行した。その瞬間、オトが腕を振りかぶる。そこから放たれたのは影魔術。
――影投槍(シャドウ・ジャベリン)。
まだまだ威力は乏しいのだが、山賊たちは奇襲に悲鳴をあげた。
血しぶきが上がり、連れられていた少女が衝撃に意識を失った。ぐったりと地面に倒れる。
「侵入者に悪魔・リリスが告げます」とオトが言う。
「ここはダンジョン。テーマは『知恵の迷宮』――侵入者どもよ、その知恵、叡智を駆使し、このダンジョンの謎を解き明かすが良い」
「ちっ、だ、出しやがれっ!」
「ヒントはひとつ。闇より出ずる光は、汚れた布たり得るか?」
「待て! 俺たちに知恵のダンジョンなんて解けるはずが――」
「それでは三階層で待つ。二階層からは魔物がでる故、気をつけるが良い」
そう告げたきり、ぼくたちは彼らの前から姿を消した。
永遠に。
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