Epilogue・前編

 ルインとコールが取り付けたダイロン=ザシアとの条約の内容は、こうであった。

『一、モンペリオ・カンパニーおよび地域の代表権は、ルイン・ノルトミニに移行する。

二、今後解読される塔の技術は、すべてダイロン=ザシアに差し出すものとする。

三、メルツェベルクは、今後もダイロン=ザシアとクリナエジスに認められた地域として自治権をもち、メルツェベルクの領土に塔は含まれない』

 

 技術提供の項目は、塔自身が自壊したためにどちらにせよ不可能な項目となった。

 コールがそこまで計算していたかについては――

「それは……出たとこ勝負だと思っていましたよ」

 と笑うばかりだったが、その笑みの中に含みが見えたのは否定できない。


 そして、何故か、代表になっているルイン。

 これを聞いた時に、つい笑ってしまった。

 どうしたら、急に一般人が大企業の社長になれるのかは分からないのだが、一応の説明をつけるのならば、デガルドさんが独身で子どももいなかったことやまだ元気だからと遺書などを準備していなかったのもあり、コールが無理やりねじ込んだとかなんとかと言っていた。

 あまりに怖い話なので、何割かは聞き逃していた。

 普通に企業の乗っ取り行為だ。

 しかし、デガルドさんは本当に、もういない。僕がオクターブの言葉を伝え、デガルドさんの遺体を捜索したが、結局見つかることはなかった。行方不明の社長に変わって、その友人が一時的に代理として働くという形で落ち着いたようだ。

「俺に務まるかな」

 とルインは不安そうに呟いていたが、元々の頭脳や冒険家としての度胸、探偵業で培った人間関係がすべて味方した。

 賢く、思い切りも良く、人望もある。

 トップに立つ人材としては申し分ないと僕は思う。

「務まるよ」

 僕は笑顔で彼を褒め称えた。

 

 

 

 あれから何度目かの朝陽が上る。

 パン屋も整備士も、仕事をなくした運転士も少しだけ寝坊するようになった。

 始まりの音もファンファーレもなく、一日がそっと始まる。

 数百年の彼方より、訪れた音楽のない静かな一日。

 朝は、誰にでも平等に訪れるものだと実感する。

 

 街には何もなくなった。

 がれきの山となった第一地区。

 生活の場所をなくした人々。

 メルツェベルクを捨てるべきと言った者もいた。

 幾人かは土地を出て生活圏をダイロン=ザシアやクリナエジスに移したようだが、それでも多くの者をつなぎ止めたのはルインの人望と言える。彼はモンペリオ・カンパニーの財産をすべて街に還元した。

 自分が使うわけにはいかないという優しさで。

 街には、まだまだ力が残っている。

 昔からの人々が培ってきた技術力だけが、街を救えるのだ。

 今は、地に足を着け、頑張るしかない。

 

 

 

 そんな僕は、今日この地から足を離して出発する。

 エイトが起きてから、オクターブから僕に最後の言葉を貰った。

「母は、わたしにちゃんと別れの言葉を残していきましたよ。あと、あなたにも」

 ベランダから塔を見ながら、エイトは言った。

 今は金色の蓋に閉ざされた大穴がそこにあるだけだが。すでにダイロン=ザシアのスタッフたちが周りを取り囲み、中を掘り出そうと躍起になっている。

 技術を書いた本も、同質の金属だとは知らないだろうから。


「――の――に、お二人がいると言っていました」

 それは一つの座標と父母が生きているという知らせ。

 僕は、今日、二人を探しに旅立つ。

 

 座標は両親が目指していたという北の山中であった。

 二人が目指していた土地に、辿り着いていたようだ。

「もちろんわたしも行きます」

「ああ、分かった」

 父さんだって、母さんを連れて行ったのだから。

 何も問題はない。

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