最終楽章・11

 僕は生きていた。

 振動は、振動で相殺される。

 それは彼女の声と反対の音を流してこそなのだが……これが元々考慮されていたのか?

 

 まるで、運命の流れがそうなっているかのように、僕はオクターブの意表を突く。

 彼女の声が途切れた瞬間、ノコギリを引き抜いて飛び出した。

 振動する刃を振り上げ、彼女に振り下ろす……いや、僕は直前で狙いを変える。

 彼女から、彼女の背より伸びる管に。

 

 このためのノコギリだったんだろう。

 僕に作らせて、彼女に見せることをしなかったのは。

 まるで包丁でトマトを切るかのように、真鍮色の謎の金属が寸断される。

 接続が途切れた瞬間、彼女は停止した。

 僕の方へと崩れ落ちてくる。

 真鍮色のドレスは溶けて、塔と同化していく。

 これで終わったのだ。

 

 でも、彼女は目を開けてくれない。

「エイト」

 呼びかける。

 でも、反応はない。

 どうして……

 

 彼女もまたオクターブに連れられて行ってしまったんだろうか。

 彼女の白いお腹に耳をつける、中ではちゃんとカチカチと音を立てていた。

 まだ彼女は、ここにいる。そう信じている。

 

 

 

 ジジっ!

 彼女を抱きかかえて起こしていると、コールから受け取ったオルゴールが震えた。

 そうだった。

 こっちも、どうにかしなければ。

 まだ宙に黒い雲が浮かんだままになっている。

 さっきのような大きな反応は起きてはいないが、雲がここにある限りは危険が伴うのは明白だ。触れてだいじょうぶなものなのかもわからなければ、消えない雲があり続ける不気味な土地と呼ばれるだろう。

 僕は運命を信じて、オルゴールを開く。

 懐かしく、心地よい子守歌だ。

 オルゴールを雲の中へと投げ込む。

 

 雲は、オルゴールの音に反応して、次第に小さくなっていった。

 雲の中で小さく音楽が聞こえる。

 それは塔の怒りを、怨讐を鎮めるかのように小さな機巧は歌う。静かな祈りのような曲は、次第に黒い雲を白く、白色をさらに薄れさせて、この『世界』に吹く風と共に消えてった。

 カタン――もう音の聞こえなくなったオルゴールが真鍮色の床の上に落ちる。

 これで終わったんだ。

 

 僕は、彼女に上着をかけて背負う。

 ノコギリは後で拾いにくればいいさ。

 十分すぎるほどに助けられた。

 しかし、まずはまだ目を覚まさない彼女を先に、僕のベッドに寝かせ、コールにうまくいったとオルゴールを返すべきだと思ったのだ。

 

「ぅおっと」

 彼女を抱いたまま、転ぶところだった。

 さっきまでノコギリが刺さっていた場所が、まるで溶けたように窪んでいる。

 熱で溶けるわけじゃないのか……これは強い振動で溶ける金属。まさか、そんなものがあるとは、僕は興味を惹かれつつも、先にエイトを連れて家へと戻った。

 

 

 まるでエイトと僕が、我が家にたどり着いたのを見計らっていたかのように、中心に置いたままのノコギリが、がりがりと反応を示していた。

 ノコギリだけではない、塔のすべてが振動している。

「何が、起きているの?」

 真鍮色のステージに、乗っていたノコギリがいきなりズブリと金属の中に沈んでいった。

 すると、今までステージとして広がっていた金属のステージも、まるで柔らかな布のように塔の中へと滑りこんでいく。まるで今まで広げていたクロスが、ノコギリの重さで地下へと落ちていったように見えた。

 

 発明品の振動ではない。

 これはオクターブ自身の振動、音楽――歌――レクイエムというべきだろうか。

 塔自身の意思で、彼女は彼女の運命に決着をつけたのだろう。



「さよなら、オクターブ」

 僕らの、人の歴史には、まだまだ過ぎたヒトだった。

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