最終楽章・10

 AAaaaaaaaaaaaaaaaaaa♪


  

 空間を振るわせるように、彼女は空へと歌い上げる。

 飛んでいた飛行機はすべて落ち、搭載されていた爆弾はその場ですべてがはじけ飛んだ。

 さらに抑揚をつけ、空に歌を歌いあげる。

 さっきのような熱波が空気を温めているのか、そこに雲が生成される。

 最初は白かった雲が、次第に熱くなり黒い雨雲となる。

 およそ二十秒、平地のど真ん中でこんなにも低く、雲ができた。

 

 そこで一度、オクターブは声を切る。

「ラック・ベルタリス、オマエは■■や■を知っているか?」

「え?」

 彼女は何て発音した?

 何を言ったのかわからない。

 声そのものに靄がかかったかのような。

「例えば、雨が降れば■が鳴り、■■は■を人々が扱いやすくした形と思えばいい。■■■■■■■は元の世界では一般的なものだったのだが……」

「元の世界――さっきから、君は何を言っているの?」

「ああ、我々の製作者は、この世界に飛ばされてしまった者――異世界人というものだ」

 僕は殴られたような――塔の音楽を頭に直接流し込まれたような衝撃を受けた。

 本来なら信じないかもしれない。


 だが、謎の金属や飛行する乗り物、振動で金属を切るノコギリ、塔そのものを制作するという技術を考えた時に、「異世界人」という答えは非常にきちんと当てはまるように思えた。

 この世の技術力ではなく、「異界」のものだとすれば、凄まじく発達した発明品たちも頷ける。

「異世界にやって来た『あの男』は、衝撃を受けた。自分が■■のない世界に来てしまったということを……もう自分のいた世界に戻ることができないということを」

「どうして、なんですか?」

「燃料をたっぷりと詰めた道具を使い、オマエが世界を渡ったとする。その世界は、燃料が存在しない世界だったら……お前はどうやって帰って来る? まさに、そういうことが起きたんだよ、あの男に」

 蒸気の力が存在しえない世界があるとして、そこに行ってしまったら。

 あまりに恐ろしい結末だろう。

 出かけた先で、突如帰るべき手段を永遠に失ったのだ。

 子どもを脅かす怖い話よりも残酷で、救いがない。

「だから、ここに■■を出現させる。それはこのための実験なんだ」

 さあ、これでここに■■が――

 

 


    A―a   aa       a

 A―   a a  a― a aa a――aaaa♪

       a     a a

 



 黒い雲の中心が赤くなり、何かが起ころうとしている。

 聞いたことのない音が、地面を揺らすかのような低音が確かに雲の中からしている。実験は成功したのだろうか。

「ほら、見ろ。できるぞ……この世界にも『電■』が――」

「…………」

 だが、一度は赤く光っていた雲の中が徐々に、徐々に静かになっていった。

 やはり何も起きないということなのだろう。

 オクターブもがっくりと肩を落とした。


「もう終わりだ。これでもう終わり」

「彼女を開放してくれないか?」

「それは無理だ。現象が起こりえないのは、世界の方が間違っているからだ……もうそんな世界は滅んだ方がいい」

 彼女はこちらに顔を向け、何かを叫ぼうとした。

 

 僕はとっさに何か隠れることができるものをと思って、ノコギリをその場に突き刺し、その後ろに隠れた。何も考えてはいなかったが、死は免れないと悟っていた。

 だが、死すらもしょうがないと思った。

 彼女に殺されるならしょうがない。

 諦めて、目を閉じた。

 

 その刹那、頭の中を走馬灯は過る。

 まともな思い出は多くはない。

 でも、両親やルイン――それにエイトとの思い出まで、諦めるのか?

 僕は、ほとんど無意識にノコギリのスイッチを入れた。

 刃が細かく振動する。

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