最終楽章・7

 上空に敵の姿は消えた。

 だが、隣国の兵器がそれだけで済むわけもない。

 さらに第二陣が来るだろう。だが、今は進むしかない。


「ラック、今のうち」

「分かってる」

 家へと急ぐ。

 第二地区のギリギリまで塔の端は届いていた。我が家の外壁を真鍮色のステージの淵がかすめている。

 ベランダからなら、塔の上へと降りられそうだ。

「ラックさん」

 僕は急に呼び止められる。

 そこにいたのは、コール・エディゾ。家の中からせっせと荷物を運び出している。とんでもない量の荷物になっていると思ったのだが、そうではなかった。彼が抱えているのはスーツケース一つとオルゴールの小箱……オルゴール?


「コール……荷物」

       「――が少ないし、そのオルゴールはなんだい? と言ったところですか?」


 僕の言葉を、彼は僕が思っていた通りに続けた。

 それは、まさに彼女と同じ……


「君も、実は人間じゃなかったりするの?」

「いや、『管理者』とは違いますよ。ボクは間違いなく人間です」

「でも、彼女と……」

 彼は突然「彼女っ!」と叫んだ。

「彼女!? つまり、塔の管理者は女性型なんですね! “エクセレント”!!」

 塔の管理者を知りつつ、姿は知らない。

 

 それに、その言葉。

 

 ダイロン=ザシアもクリナエジスも、もちろんメルツェベルクも言葉はとても似通っている。塔の歴史よりもはるかに昔から、人々は交流し、同じ文化圏で生きてきたからだ。「ゑクせれンと」。ダメだ、発音が難しい。

 周囲のどこにも属さない言葉。

 前に一度、エイトも話していた。

『ぷレぃやー?』だったっけ……。


「エクセレント――すばらしいってことですよ。これやいくつかの単語は、ボクの家に伝わっているんです。ボクの祖先がいた場所の言葉です。こちらとはまた違う国の言葉とでも言いましょうか……」

「そんな遠くから来ているの?」

「遠く……ええ、確かに遠くですね。とても近く、とても遠い。行くのは、かなり難しいところです。詳しいことは、あとで『彼女』に聞いてください」

「彼女って?」

「あなたのよく知る子に、です」

 そういいながら、彼はスーツケースを開けた。

 中には、数枚の紙の束と何十枚もの金属の板が緩衝材に挟まれる形で入っているようだった。あまりにも僕が見たことのあるものに、そっくりだった。コールはさらに紙の束を一度ケースから取り出し、その下にある手のひらよりも少しだけ大きな金属の小箱を僕へと差し出した。

「これが僕らの大逆転のチャンスです」

「これは?」

「オルゴールですよ。と言っても、中に曲はまだ入っていない」

 僕は、箱を開ける。

 すると、中にある円形のディスクが回転を始める。

 だが、そのディスクにはピンがなく、曲を奏でる櫛歯が震えることはない。

 曲を奏でられないオルゴール――それはあまりに無意味に思えた。


「あなたに、お願いがあります。これからここで大いなる破壊が行われる」

「もう起きているだろ」とルインが口をはさむ。

 だが、コールはそれに首を振った。

「起きるのはもっと大きなこと……それは」

 彼の首が塔の方を向いた。

 最もそこにあるのは塔ではなく、大きくせり出した真鍮色の舞台だが。

「エイトがさらに何かをするんだね……というか、なんで君はそれを?」

「これが、あるんです」

 コールが奥にあった荷物を引っ張り出してくる。


 絨毯が何枚も巻き付けられたそれは、家庭用の蒸気機巧の何かだと思っていたが、中身は違っていた。一見、柱時計のようにも見えたが、文字盤のある所にはオルゴールのディスクがあり、振り子があるところには、さらには四枚のディスクが歯車のように連なって回転している。

 文字盤のディスクも、ほかの四枚のディスクもピンの配列が自在に変わる。


「これって……」

「これがボクの祖先から受け継いでいる技術です、と言えば分かりますか? 彼は塔を出て、人と交わり、結婚して子どもを作り、また姿を消した。それがボクの知っている製作者『セオマス』のその後の足取りです。このように技術は残したようですが、また姿を消して以降の足取りは結局謎のままです」

 とんでもないことをさらりと言った。

 彼が、製作者の子孫。

「しかし、あまり君が知りたいことを話している時間はありません。ボクの方の予測では、ダイロン=ザシアからの攻撃がもう少しで始まります。そして、彼女のコンサートも……そして、それを止められるのは、君です」

「僕が?」

「そうですよ。さて、他の人たちも戦争を止めるために動きましょうか」

 彼は、スーツケースの上にあった、紙を持ち上げる。

 そこには、一番上に作戦という文字があった。


「君は、現状をどこまで把握してるの?」

「君も知っているとは思いますが、未来の予知などという途方もないことは塔を以てしないと不可能です。ですが、塔がやることに絞って計算を行うとすれば、この時計であればギリギリ……この現状を打開する『計算』は――」

 コールはまっすぐに僕と、ルインを見た。

「――可能ですよ」


 さあ、働きましょうか。彼は、高らかに告げる。

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