最終楽章・四

 デガルドは、一人寂しく残った機械人形を不憫には感じながらも、「国のため、会社の未来のため」と心の中で呟き続けた。

 何も思わないわけでもない。

 ラックという優秀な者が自分の元を去っていくことにも、彼がベック・ベルタリスの息子だということにも、会社での彼らの事を思い返さずにいられるほど鋼の心を持っていない。


「お前は、どうすれば塔と繋がれるんだ?」

「玉座に座ればいいと聞いています」

「玉座か……お前が王とは」

 デガルドは皮肉に笑みを浮かべた。

 自分の無様さを痛感した。


 エイトの縄を解き、玉座へと促す。

 彼女は彼が考えるよりもすんなりと大層な腰掛に座った。

「それで何が起きるんだ?」

「少し、待っていてください」


 どこからか、キリキリキリと音がする。

 地面が揺れる。


「あぁあ!」

 エイトの叫び声。

 デガルドがそちらへ目をやると、彼女は大量の真鍮の金属の帯に巻き付かれていた。まるで蛇の群れが、彼女を締め付けているかのような恐ろしい光景だった。だが、どうにもすることができない。立っていることもできないほどの激しい揺れに襲われ、しゃがみ込むしかなかった。

 

 床が動いている?!

 床が上がっている……

 デガルドは上を見上げた。天井が近づいてくる。この部屋の天井には、星の形を重ねたような幾何学模様が描かれていたのだが、それが次々に壁の中へと吸い込まれていき天井には大きな穴が開いた。それに合わせて床がせり上がり、また次の天井が消え、床がせり上がる。

 気づくと彼は黄金の空間の中にいた。

 遥か上に、光が見える。


「塔の、中?」

 デガルドの声は、恐ろしいほど反響してみせた。

 それは自分の声に、耳を殴られたような感覚。

 眩暈を感じて、床に崩れ落ちた。

 空間にいるのは、エイトと二人だけ。

 エイトは、今までの黒いドレスではなく、金色の衣装を纏い立っている。

 彼女が座っていた玉座は、多くが彼女を包むドレスとなっていた。

 今や背もたれの一部がまだ少しだけ残っていて、そこから何本かの管が彼女に繋がっている。

 まっすぐ立つエイトからは、今までとは違う空気が漂う。

(何が、起きているんだ?)

 本当の塔の中を見られたことによる喜びと、不安が彼を襲っていた。


「立て。我が娘の、初舞台だ」

 立てと言われた以降の声は、ほとんど聞こえなかった。

 

 彼の鼓膜は破れ、それどころか体中の穴という穴から血が溢れだした。

 エイトの――すでに中はオクターブであったが――声が、体中を揺らし、破壊し、崩壊と蒸発を人体に与えた。溢れでる血も、体に残る水分が次々と沸騰する。

 骨は全身で次々に砕けた。

 たったの一言で、デガルドは絶命し倒れた。


「なれば、去ね」

 二言目、彼はその場に染み一つ残すことなく、完全に消し去られた。

 塵と化したデガルドの肉体は、舞い上がる気流とともにメルツェベルクの空を吹く風に流されていった。

 

 

「さあ、我が娘の声を聞け」

 

 

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