最終楽章・3

「ごめんなさい。こんなことになってしまいました」

「その日が、来たってこと?」

 エイトは頷いた。


「さきほど解析機が結果を出しました。ちょうど今日の日付を」

「僕は、どうすれば君を助けられる?」

「持てるものをもって、早くここから逃げて。わたしが言えるのはそれくらいです」

「そんな……」

「どうか約束してください。お願い」

 彼女の目がじっとこっちを見つめていた。

 頷く――しかないじゃないか。

 僕はしっかりと首を振り、彼女を見つめた。

 

 瞬間、唇がふさがれた。なんのことかわからなかった。

 彼女が離れ、デガルドの方に戻っていったとき、自分がキスをされたのだと分かった。

「素敵な関係だな。大丈夫だ。危害を加えるつもりはない」

「彼らには、ここから出ていくことを了解していただけました。少しだけ、荷物を整理させる時間をくださいませんか。ほんの少しでいいんです」

 エイトの説得に、デガルドは眉をしかめた。

 だが、すぐに結果としてどちらがいいかを考えたようだ。

 反抗されたとき、こちらにルインがいるのは不利になると思ったのかもしれない。


「わかった。ここには父母の思い出のものもあるんだったな。それらを持っていくのは許可しよう」

「……」

 僕は強くデガルドを睨んだが、彼の方はそんなこと痛くもかゆくもないという様子だった。



 

「ルイン、ちょっと持つの手伝って」

「……ああ」

 僕は黙々と母の研究結果や父の解読のためのメモ帳、そしていくつかの発明品を母さんの部屋に落ちていたカバン(こうなってみると汚い部屋で助かったとも思える)に詰め込み始めた。

 ルインは、僕がデガルドの言うとおりに行動しているのに困惑しているようだ。

「もう少し反抗するかと思ったけどな……」

「僕はそんなに武闘派じゃないよ。というか、エイトの言うことだから信じられたってところだよ。そうでなければ、もうちょっと無茶苦茶してる」

「そうか」

 彼は今までとは違ってからかうようなことはせず、ただ納得したみたいだった。

 レコードを大事に箱に入れ、資料となった本を詰め込み、父の名前入りのネジ回しも記念にいただいた。

 それと、あとは……

「なあ、ラック。これを武器に抵抗したらどうだ?」

「え?」

 ルインはこの前制作した金属切断用の大鋸を持ってきた。

 父の開いたままのページにあったやつだ。

「ああ。それって見た目は大きな剣だけど、金属しか切れないんだ。それを武器にすると、エイトだけ傷つけることになっちゃうよ」

「脅すだけならできるんじゃないか?」

「うーん……でも、本当に振り回すことになったら、エイトが傷つく。そんな最悪の結果は避けたいんだよ」

 一応それも持っていくけれどね、と言いながら、また片付けに戻っていく。

 ルインの方は、「いい考えだと思ったんだがなぁ」と呟いていた。

 

 ふと、僕は何のためにこれを作らされたのかと考える。

 まるで運命のように開かれていたページ。

 父さんは、何を示していたんだろう。

 二人にも、エイトの助言があったのは確かだ。

 でも、すべてをただの人間が認識するのはあまりにも難しい。

 


「出て行ってくれようとしているところ悪いんだが、それは何だ」

 どう頑張っても隠し切れなかったノコギリが、デガルドの目に留まったようだった。

「何かの武器か? それは置いていけ」

「武器だったら、これで反抗しているところだと思いますが?」

「じゃあ、なんだそれは……」

 僕は仕方ないとばかりに、スイッチを入れた。

 念のために、先ほど燃料を入れてきたのが功を奏したようだ。

「まだまだ試作品なんです。これは不思議なノコギリです」

「ノコギリ? 武器じゃないのか?」

「ええ。これは……」

 振動する刃の前に指を差し出す。

 が、指の先に刃が降れようとも振動が肌の表面を流れてしまい、肉が切れることはない。

「こうして指を切ることはできない。でも、こっちに向けると」

 刃を壁に向けて振るう!

 どうしようもない怒りを込めて。

 すると、ガキンと音がして、表面が鋭く削れた。

 堅いものは切れたり削れたりするが、柔らかいものは切れない。

 不思議な刃物である。


「というものです。これは試作品……僕の再起の手段として持ちかえらせていただきます」

「わかった。そういうことなら、行きなさい」

 僕とルインが、暗いパイプの道へ出ていくのを二人はじっと見つめていた。

 一人の視線には安堵があり、一人の視線には悲しみがあった。

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