最終楽章・2

 ルインは床に突っ伏して、嗚咽交じりの悲鳴のような泣き声を上げている。


「でも、お前は二人を守った」と黙っていたデガルドさんは言った。

「いや……なにも…………まもれ……ない」

「何があったのさ」

 僕は、堪え切れずに叫んだ。

 まだルインは立ち直れず、代わりにデガルドさんが言った。

「その船には運の悪いことに、他の密入国者が潜んでいた。しかも質の悪いのが――そいつは、ダイロン=ザシアの人間に発砲したようで銃撃戦が始まってしまったんだ。問答無用で犯罪者を撃ち殺すムードになってしまった船内で、ベックに銃口が向けられた」

 悲痛な叫び声が大きくなった。

 ルインは、まだ立ち上がれずにいる。

「アコールも、他の人間同様に発砲された。しかし、その前にルインが立ちふさがった。ルインは胸に銃弾を受け、倒れた。向こうも他の密入国者とは違うものだと気づいたのか。それ以上の攻撃は行われることはなかったという」

 僕も言葉を失ってしまう。

 彼は、何をしてきたのかを考えさせられる。

「一応ダイロン=ザシアで止血や応急処置を受けたようだが、その銃撃の傷痕は酷く、現在うちで作り上げた人工肺が彼の片方の肺を補っている。そして、ルインは即座に強制送還。ベックとアコールの方は行方不明……最後に手紙だけは受け取ったらしい。『ラックを頼む』と書いてあった、と言っていた」

「あの……つまりは、ルインは……」

「そうだ。赤の他人になる」

「どうして……」

 デガルドさんは、言葉を詰まらせた。

 また再び、遠くを見た。


 誰も、何も言わなかった。

 だが、僕は床に座り込んで、ルインを抱きかかえる。

 彼の肩をしっかりと抱く。

 何度も彼とは並んで歩いてきたはずだった。どうして、こんな時にだけ彼が小さくなったと思うのだろう。僕は彼を抱きしめて理解した。

 十一年は無駄ではないと、偽りなんてないと、伝えるために。

「ラック……すまなぃ」

「大丈夫、大丈夫」

 自分にも言い聞かせるように呟いた。

 

 


 僕らは、そこで少しだけ話し合った。

 そして、これからの事を約束する。

 一度、二人で母さんの叔母――僕からすると大叔母になるが――の元を訪ねること。

 これからも二人で支え合って生きること。

 ルインは、これからも僕の叔父なのだから。

「本当に、いいのか」

「もちろん。……そして、父さんと母さんが見つかっても……」

 ルインは、僕の手を強く握り顔を伏せながらまた大粒の涙を落とす。

 僕の手に、熱さがこぼれた。


 しかし、まずは戦争だ。これからのことをどうにか切り抜けないといけない。

 もしも塔が攻められて、技術がダイロン側へと流れたら……。

 一番の恐怖は、そこにある。

 誰にも止められない強大な軍事国家が生まれ、世界中を飲み込んでしまうだろう。それだけは避けないといけない。


「悲しいことだけど、本をすべて処分しよう」

「いいのか? そんなことをして」

「大丈夫。人の頭脳は、いつかここまでたどり着くから」

「なら、やろう――しかし、どうする。あの謎の金属を溶かせるのか?」

「そこも考えてる。エイトは、自分の中に組み込まれているその日のオルゴールを処分してると言ってた。だから、どこかに溶鉱炉みたいなものがあるんだと思う」

「なら、まずはエイトを呼ぼう。ちょうど解析機の様子を見に行ってもらって――」

 ふと嫌な予感が、頭をよぎり後ろを振り返る。

 ルインも何かを察して、言葉を突然切った。

 さっきからデガルドさんの姿が見えない。信じられないくらいに、塔の中は静まり返っている。何かがおかしい気がしている。

 嫌な予感がする。


 

          ◇


 

「すまないね、ラック……こうするしかないんだ」

 デガルドさんは、縛られたエイトを伴って現れた。


 今まで塔の中を探し回っていたのか、肩で息をしている。さらに捕まえるときに抵抗されたようで、服はぼろぼろに破れ、顔には痣が浮かんでいる。

「何を……しているんですか」

 僕は、ゆっくりと近づこうとした。

 すでにルインは、一歩踏み出し駆け出そうとしていたところだった。


「止まれ!」

 デガルドさんの怒号が響く。

 僕の考えは、バレていたようだ。

「そこでジッとしていろ。ここからどうすればメルツェベルクは国になれるのか、逆転する方法を彼女に聞く」

「いえ、それこそ世界崩壊の……」

「うるさい!」

 彼は話を聞く気がないようだった。

 確かに、彼の気持ちを考えるなら、本当に最後の手段と言ったところだろう。


「私は、聞くことだけ聞いたらすぐに彼女を離す。約束する。これはうちの国がどう転ぶかの瀬戸際なんだ」

「『うちの国』? ここは、あなたの国ではないっ!」

「黙れ。もうこれしかないのだ。開発しか能のないお前が、私に意見をするな」

「このっ……」

 僕はデガルドさん――デガルドを殴ろうと駆け出す。

 が、それよりも前にエイトが叫んだ。


「待ってください!」

「うるさいぞ……」

「待ってください。ラック様と話をさせてください」

「……」

「大丈夫です、逃げたりはしませんから。約束は守ります」

 結局デガルドは、ロープの端を持ったままという条件の下、僕と少しだけ話をするということを了承した。

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