最終楽章・1
「申し訳ない」
デガルドさんとルインは、その日の朝、塔へとやってきて頭を下げた。
あれからまだ二週間しか経っていない。
僕もこの二週間、家には帰っていなかった。
ずっと曲の解析を続けていた。前に見つけた原曲と思われる『1』(僕が勝手に名付けただけだけど)と他の多くの曲を比べ、曲の最後の方に日付のヒントがあるところまでは辿り着いていた。さらに正確な日時を割り出すため、コールとも相談しながら、自動解析機を作り出した。
それが解析結果を出すまでには、もう少しだけ時間がいると思う。
ほんのあと少しだけ。
それゆえに今の現状は、好ましくない。戦争までもう時間がない。
街の崩壊までの時間を突き止めるという目標は、もう叶えられないかもしれない。
僕以上に、彼らも大変そうだ。
デガルドさんの顔はやつれ、目の下には深く隈が刻まれていた。
ルインは……彼もまた疲れていそうだが、デガルドさんほどではない。けれども顔に陰りが見える。自分を責めているような、そんな顔だ。
戦争は秒読みまで近づいている。
デガルドさんがメルツェベルクの発展と技術の進歩を求めたから。
だが、そういった発展とは何かを壊していくことで、進歩とは何かを捨てていくことだということを忘れてはいけない。僕も、彼も。
「もうどうにもならないんですか?」と僕はデガルドさんに尋ねる。
「対策はすでに取り始めているさ」
「では、クリナエジスの方はこちらを守ってくれるんですよね?」
「いや……それが」
デガルドさんは言葉を濁し、うつむいた。
僕は、彼に迫る。
「どういうことです?」
「向こうの、ダイロン=ザシアの建造スピードが速すぎて、クリナエジスのほうの配備が間に合っていないんだ。両国ともに多くの人々が兵器の建造に徴収されているが、ダイロン=ザシアは血も涙もない労働環境で働かせている。どちらが早く武器を完成させるかは、簡単な話だろう」
「クリナエジスも応戦するのがやっとになるってことですか?」
「そうだ。こちらの防御は、こちらで行ってくれと……」
「完全に囮になれってことじゃないですか!」
「だが、逆に言えばすべてを素直に渡してしまえば、住民の安全は保障されるはずだ」
「ダイロン=ザシアにすべてを渡す?」
飛行兵器の技術を渡しただけで、こうなったというのに?
それは世界を丸ごと一つ渡すようなものだろう。
血も涙もない奴らに。
「ラック、すまない。俺が……」
「大丈夫。ルインは、悪くない」
叔父は、僕の足元でうずくまった。
「すまない、ラック。本当に、ベックさんにもアコールさんにも、申し訳が立たない」
「ちょっと待って!? 『アコールさん』?」
「ああ……いや、それは」
デガルドさんは、頭に手を当てる。
何か困ったことでも、指摘されたように。
「まだ、何かを隠してるの?」
「……」
「ルインっ!」
静かに、ルインは顔を上げた。
大粒の涙を流し、目は赤くなっていた。
「そういうところも、アコールさんにそっくりだよ」
「姉さんって言わないんだね……」
彼は立ち上がり、ポケットから古い手帳を取りだすと、表紙のカバーの後ろに隠した古い一枚の紙を僕に見せた。それはボロボロの、しかし肌身離さず持っていたというにはキレイな写真だった。
「俺とデガルドさん、それにベックさんとアコールさんだ」
「これって……」
「アコールさんが音楽家になって最初のコンサートの後で撮ったものだ。ベックさんもまだアコールさんの手すら握れてなかったときだよ……でも、それからはあっという間だった」
デガルドさんは、ずっと違う方を向いている。
「あの日……あの時は……みんな、もう別々の道を歩き始めていた。デガルドさんは会社を継ぎ、ベックさんは技術者となり、俺は探検家となって世界を歩き回っていた。そんな時だったんだ。夫婦となった二人から、依頼があったのは」
彼は、語り始めた。
◇
「次はダイロン=ザシアの北方の山よりさらに奥地へと向かおうと思っていたが、まだ雪深い時期だったのもあって、一度メルツェベルクに帰ってきていた
『僕たちを、リポト村まで連れて行ってほしい』。そうベックさんに言われた。『どうして?』と理由を聞いたのだけれど、彼はまともに応えてはくれなかった。『理由は言えないが、どうしても行きたい』と言っていた。それは危険な旅になる。アコールさんとラックに、別れを告げてくることになるかもしれないと、俺は忠告した。しっかりと忠告したんだ。
だが、耳を疑ったよ。彼女も連れていくと、言ったんだから。
まだ小さいラックは、クリナエジスにいる叔母に預けるといっていた。
彼らの何がそこまでのことをさせるのかはわからなかった。一応聞いてみたが、それはしっかりとは言ってくれなかった……道中少しずつは話してくれるようにはなったが、根幹の部分は話してはくれなかった。俺が聞いたのは、何かを探しに行くということだけ。
本当に、ちゃんと聞いておくべきだった……。
まだ小さいお前を連れ、クリナエジスに向かい、アコールさんの叔母の元を訪れた。アコールさんは、泣きながらお前を預け、そして旅に出て行ったんだ。リポト村自体は、クリナエジスの北方だが、雪解けを待たねば素人にはたどり着ける道ではない。
ゆえに、比較的道が緩やかな――といっても、二人が歩くには心配な道だったが――ダイロン=ザシア側から登ることに決めた。
二国の国境の管理は厳しい。
両国間の人の移動は今以上に少なく、行き来する場合には理由を提出し、国に認められなければならない。俺にすら話したくない理由を提出することを、二人は良しとはしなかった。何かやましいことがあった……とは思いたくないが、そういう道を選んだ。
密入国。
そう、犯罪だ。
二人から『無理にでも』と頼まれたら、俺も全力を尽くすしかなかった。
昔から彼らには、金を借りたり、飯を奢ってもらったり恩が貯まりに貯まりまくっていた。その恩をどうにか返そうと、俺も頑張ったんだ。本当に、頑張ったんだよ……、今思うと、しなければ良かった努力だ。北の港からの貨物船に三人で乗り込んだが、どうにもそういう人間たちは……本当に多かったようだった。
港に降りる前に、船内が改められ……俺たちは、簡単に見つかった。
三人に銃口が突き付けられ……ああ……。
すまない、もうこれ以上は……」
◇
ルインは、泣き出してしまった。
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