第三楽章・9
彼が帰った後、僕はしばらく一人で金属の本の山と向き合っていた。
そこに、エイトが昼食とオルゴールのディスクを持ってやってきた。
「本日の分です」
彼女は明るく言った。
まるで、元気づけてくれているように。
僕は何とか笑って、彼女に微笑み返す。
「!」
ふっと優しい香りに包まれる。
彼女の香水の匂いに抱かれたのを感じると、僕もそれに答えた。
感情がないなんて、嘘だよ。
もっと深いものが、どこかにあるんだ。
僕は、そう思う。
どのくらい抱き合っていただろう。
すっと彼女が離れた。
「掃除の時間でした。ごめんなさい」
早口で、そういうとすぐに部屋を出て行った。
僕も急に恥ずかしくなって、自分で自分の頬を叩いた。
昼食を食べつつ、一枚のオルゴールと向かい合っていた。
しかし、一向に状況は好転しない。思いつくことを何度も紙にメモしながら、結局は紙とつけペンのインクを無駄にしていくばかり。ペン先のインクと同時に、僕の集中力も途切れ、ペンを紙の上に放り投げた。
「そういえば……」
そういえばオルゴール自体はまだ聞いていないなと思い、気晴らしに父さんの部屋へと赴く。
残っていた部品で、この大きなオルゴールを再生する装置を作る。
ディスクをはめ変えられる、まるでレコードプレーヤーのようなオルゴールの製造はなかなかに難しかった。鋲を弾いて音を出すという構造上、ある程度の強く、音を出すための金属板を弾けるような力で回転させなければならない。
幸いにもディスクの淵に細かな凹凸があり、回転させやすいようになっているようだ。だが、通常のオルゴールよりも複雑な構造――外側に回転用の動力を配置した蓄音機のよう――にしなければならなかった。
ついでに、昨日の父から提示されていた発明品も作り上げる。
何故かわからないが、巨大な刃を強力に振動させ堅いものを切断する「ノコギリ」のようなものだった。
父さんはこれを僕に作らせて、何をしようとしていたんだろう。
先にオルゴールの方が完成し、途中からはそれをかけながらこちらの作業に没頭した。
今日のオルゴールを何度もリピートさせて聞いていると、やはり塔から流れていた曲とまったく一緒だ。あっと……ここだ。今朝の曲なら切れ目は分かる。ちょうどその直前で、オルゴールを止めた。
何がポイントなのか。
見比べ、考える。
「あ……!」
横から見ると、それは一目両全だった。
曲の開始の部分と終わりの部分を見比べると、終わりの部分のピンが最初の方と比べて明らかに小さい。溶かした金属を粒状にして落とし、鋲としているのかもしれない。だからこそ、こんなムラが生まれているのだろう。
それはまるでつけペンのインクがかすれるように。
前半と後半で、大きさが変わるとは……そして横から見れば一緒んで気づくようなものを、これだけ気づかないとは。
「あまりにも単純だ。どうして気づかなかったんだろう」
しかし、これでわざわざ再生するまでもなく、開始部分と終わりの部分を見つけることができる。
あとはここから曲を解析していくことになる。
圧倒的にここからが難しい。
暗号を作るにも、読み解くにも必要なのは一つのコードだ。
どの枠組みの中で、暗号を作りあげたか。
どのようなものを使って、暗号を成り立たせているか。
逆に言えば、それさえ見つかれば曲の解読は可能ということだ。
「本来ならば、それには歌詞があるんです」
「歌詞?」
翌日、まだ朝のうちは二人ともギクシャクとしながら挨拶をかわし、そのまま母の部屋で作業をし始めた。昼頃になって、食事を運んできた彼女にふと尋ねてみた。エイトがオクターブと繋がっていたとすれば、曲はどのような意味を持つのかと。
「日々何があったのかを、母は歌にしているんです。でも、それは自分では歌えないから曲だけを流しているんです」
「でも、それっておかしいよね」
「何がです?」
エイトは、首を傾げた。
その姿は、可憐だった。
また照れてしまう。
「……。いや、まるで本当の未来を知りたいなら、街を滅ぼせって言ってるようだなって」
「未来を確かに知るには、それほどの問題があるということなのでは?」
「じゃあ、作らなければいいんだよ――いや、こうして君に会えて……うん。楽しいけど」
「えっと……それはどういう意味です?」
「いや、それは」
「はい?」
言葉に詰まる。
「君といられて……えっと、幸せだっていう意味です」
「まあ、いいでしょう」
どうやら謀られたようである。
相変わらず、感情がないって言うのは嘘だと思う。
「でも、結果的にそうなってしまう、ということもあるのではないですか?」
「未来を知ろうとしたら……街が滅びるほどの問題が起きるって?」
「どうしてか、そうなってしまうみたいに」
「うーん。僕はさ、“罠”みたいに思えちゃうんだよ」
「罠ですか?」
僕は、机の上にさっき書き損じてしまった紙くずを二つ並べる。
「『街が滅びる』と『未来を知る』――普通はさ『未来を知るため』には『街を滅ぼす』しかないだと思う。でも、逆だったら?」
「逆ですか?」
エイトは、じっと机の上の紙を見つめていた。
いや、そちらはただのゴミだ。それをどうにかしようとしても何もないよ。
僕はそれを取り上げ、今度は反対にしてそれを置く。
「『街を滅ぼす』ために『未来を知る』というエサを置いていたとか……?」
「そちらの方が、重要だったと言いたいんですか?」
「それは分からないよ。僕は製作者じゃないから」
「だとしたら、何が目的なんでしょう?」
「うーん」
僕らは考え込んでしまった。
とはいえ、これだけとんでもないものを考えついてきた製作者の考えだ。僕らには考え付かないような、思いがあるのかもしれない。
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