第三楽章・8
古来より多くの人間が、一つの目標を持ってきた。
空を飛びたいという純粋な夢を。多くの人々は持ち続けてきた。
だが、それは叶わなかった。
叶えてこられなかった。
今、この時までは。
デガルドさんが抜き取った本は、まさにそれを叶えるための本だった。
しかも、単純な発明品の手引書ではなく、まさに空を飛ぶための技術書といえた。
簡単に説明をピックアップするならば、
「暖かい空気は通常の空気より上に向かうため、それを貯め込める巨大な袋を作り、下から中の空気を温め続けると良い」とか。
「大きな袋の中に、通常の空気よりも軽い気体をため込み、浮かび上がる」とか。
「鳥の翼のような緩やかにカーブした羽と何らかの推力を用いることで、さらに自由に飛び回ることができる。推力は、回転する羽やオイルによる火力を用いる」
――などが記載されていた。
彼は凄まじい運気を発揮してしまったらしい。
僕もエイトも、不本意ではあった。
が、ずっと後ろで彼が見張っている以上、誤魔化すことはできなかった。
最後の一行を書き終える。
「できました」と完成したメモを彼に差し出す。
手渡される直前、僕はぎゅっと手に力を込めた。
「一つ、約束してください」
「何を?」
彼の前は、じっと僕の目を見返してきた。
部下に、それも会社に貢献してきた部下に向けるような目では、とてもなかった。
「あなたが選んだのは、簡単に外に出していいようなものではなかった。絶対に安易に、他国に渡ることがないようにお願いします」
「まずは、見せてくれ」
「いや、約束してくだ――」
デガルドさんは、僕の手から紙を奪うと即座に目を通した。
そして、歓喜と興奮が彼の顔に現れた。
それはそうだろう、僕だって興奮する。
こんなことでもなければ。
「クリナエジスは、そしてダイロン=ザシアはこれを喜んで受け取って、あなたの考えている通りに甘い約束を返してくれるでしょう」
「そうだろうな」
「でも、絶対にそううまくはいかない。これだけの技術力があると思われたら……」
「うるさいぞ!」
見たこともない形相を浮かべ、彼は大声を上げた。
いつもの朗らかな彼からも、真面目な彼からも想像は出来ない。
今は怒りに顔を歪めている。
「君には、失望したよ。会社の発展のために、もう少し力を尽くしてくれるものと思っていたが」
「僕らが尽くさねばならないのは、会社ではなく、世界のほうではありませんか。技術を作る人間がもっと考えないと……」
「違うな」
デガルドさんはより一層声を低くして言った。
「悪いのは、いつも技術を悪い方向に使用する人間の方だ。私たちは純粋に、無垢に、面白いものがある方向に舵を切り、人類の歩みを進めるだけだ。どこに悪いことがある?」
「しかし、先に学び、考えていかないと!」
「どこから学べるというんだ? 人間は教材から学ぶしかない。ただその教材は、失敗したときに痛みを伴うというだけのことだ」
「……」
「もういいかね。これは貰っていく。そして、これ以上私がどうしようと私の勝手だよ。この分の給料も、キチンと支払う」
彼は冷たく言い放って、去っていった。
確かに、彼の言葉は間違っていない。
使う人間が、悪い。
だが、僕は何もわからない獣に、拳銃を渡してしまったように思えてしまう。
傷つけるのは、他人なのか、自分なのか。
それは痛みをもって、学ぶしかない。
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