第三楽章・10



 ~♪

 

 その時、ふと背後の音に聞き覚えを感じた。

 そして、想像以上に曲は短く終わった。

「ん?」

「なんです?」

「今の曲……何かわかる?」

「いえ、これにどれがどれかという説明はないんです。そもそもパンチカードもそれが一枚残っているだけで、あとは紛失しておりますから……」

 僕はこの機巧を持ち、様々な角度から観察する。

 どこにネジがあるか。どこのパーツが外れそうだとかを入念に調べる。

「この建物にレコードの針はある?」

「普通の針ならありますが」

「でも、それってこの真鍮色の金属でしょ? 十分すぎるよ」

 そして、僕はさらに一つ頼みこむ。

「あと、これを一度分解してもいい? 元通りに戻すと約束する」

「それに関しては、私はもちろん肯定します。私は、今はアナタが塔の主だと思っています」

 と言ってほほ笑んだ。

「ありがと」

 僕も、照れつつ何とか言葉を返した。

 


 しかし、それは大きく分解する必要ななく、中の小さなレコードを取り換えるためのスイッチがあり、簡単にレコード自体は取り出すことができた。

 問題は、このレコードの中心にあるべき曲名などを書いた部分が大きく劣化してしまっていることだった。まともに読めるものはほとんどない。上から見て、どれがどれかというのを判断するのは、難しい。

 曲が短かったから、分かるかと思っていたが、何かのトリックのようなものが、あるようだ……

 一つ一つ聞いていく。

 そして十三枚目にして、やっとそれを見つけた。

 

~♪


 聞き間違いではない。これだ!

 この音は、まさに均整の取れた音楽。大きな抑揚もなければ、和が乱れることもない。同じ調子を刻みつつ、ただ聞こえの悪いような変に外れた音もない。変ではあるが、下手ではなく。上手とは言えないが、正しくもない。

 どれほど言葉を尽くそうと矛盾したおかしな説明しかできない。

 不思議な音だった――レコードの曲たちは、異国の――いや、そういうものともさらに違うような――上手く言葉にするのは難しいけれど、適した形容をするのならば、まさに『遠い』という言葉がふさわしいような曲ばかりだった。

 その中にあって、あまりに異質な曲。

 やはり塔の曲と、これは似ている。

 テンポも、音符の数まで一致する。

 けれど、僕は確信する。

「これがすべての塔の歌の原曲なんだ……隠されてた答えは、これだった」

「この曲が、なんなんですか?」

「おそらく、製作者が作り出した塔の音楽の原曲だと思う。このレコードの音を頼りに分析できれば、塔の音楽がどのように生まれ、作られているのがわかるかもしれない」

「さすがです! アコール様とは違う着眼点でしたね!」

「母さんは、天才的な引手だったからね……音楽の才能はすごいけど、こういう細かいとこまで見るのは父さんのが得意だったから」

「“プレイヤー”、だけに! ですか?」

「?」

 きょとんとする僕を尻目に、彼女は言葉を続ける。


「つまらない冗談はさておき、そろそろ夕飯の支度と洗濯や何やらがまた待っていますので、そちらを片付けてきますね」

「ん? うん。わかった」

 そんなに、何か冗談を言ったかな?


 僕は首をひねりつつ、再度レコードを流し始めた。

 単純な曲調ゆえに、楽譜に起こすのは簡単だった。

 本当に一本の線、筋道だけの音楽。最初の音楽……。

「『1』――だよな。名付けるなら」

 だから、母さんも気づきそびれたんだと思った。

 すべての数の中に、『1』はひっそりとかけられているのだから。


 

           ◇


 

「あれ?」

『1』を譜面に起こしてみて気づく。

 体に染みついた音楽を、今一度譜面に起こしてみる。

 僕の子守歌だった、母さんの作った音楽――二つの曲はあまりに似ているようで違う。

 まるで鏡のようで。

 双子のようで。

 それでいて、光と影のように違う。

「偶然? それとも運命かな?」

 不思議とそれが心に引っかかった。

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