第三楽章・6
ルインはその後も気まずそうにご飯を食べ、早々に部屋へと行ってしまった。
僕も部屋へと戻って、先ほどの手帳を開いた。
モンペリオ家の家宝の手帳を。
そこにあったのは、塔を外から見聞した際の詳細なデータだった。周囲の長さ、測量して得た高さ、金属を削り取ろうとしたこと、どうにか登ろうとしたみたことなどが書かれている。
登ろうとした人物の滑落事故によって、当時の技術者、研究者たちは協議し、登って調べることが全面的に禁止されたというのも書いてあった。
「だが、上から覗き見ることは可能なはずだ」と先祖であるデイン・モンペリオは考えた。
周りの技術者を招き入れ、祖国ダイロン=ザシアから大量の技術者を招いた。
それが結果的に、現在の会社の礎となったわけだ。
塔のデータや会社の歴史、技術力、音楽――すべてが解析不能の結果をもたらす中、モンペリオ家の人間たちはそれでも興味を失わなかった。失わないどころか、まるで何かに憑りつかれているかのような、熱量があった。
「ん?」
一瞬僕の目が、「それ」に止まった。
すでに、僕はそれを見ていたからだ。
「これって……いや、でも中身が違うな。文字が違うもの」
手帳に書かれていたのは、昼に僕が見ていた金属の本だった。
そのページから何ページにも渡って、本の細かいスケッチが続いた。
スケッチの後には、様々な人物の筆跡で、文字を解読しようとした名残があった。
いくつかの単語は解読されていたが、複雑な単語は一冊だけで解読するのは不可能だったのだろう。彼らには読み解けていなかったのだと思う。しかし、恐ろしい数の試行錯誤、大胆なアプローチ、研究量。それは情熱を越えて、ある種の執念のようだった。
僕も、昼に見た単語を思い出しながら、ページを読んでみた。
巨大なオルゴール。
何か(文字は、破損していて読めない)を作り替える装置。
発明品の収納庫。
入り口の位置、一人の案内人……
読めていれば、あの塔を簡単に説明したものだということがわかる。
「どうして、これが……」
答えは、スケッチのすぐ下に書かれていた。
『塔のふもと、地面に埋まっていたものを発見』
僕は、シンと静まり返った街の夜風を浴びていた。
運命というものの途方もない広がりと複雑さに、圧倒されていた。
塔の製作者は、一冊の金属の本を手に忽然とエイトの前から消えた。持ちだした本が巡り巡って、塔を求める人間の元に渡っているなんて。全てのものが製作者の掌の上で回っていることが暴力的に突き付けられた。
「おっと、君も眠れないの?」
「えっ……コール」
いつもはベランダで夕涼みをしたりするのだが、今日はたまたま外まで降りてきていたから、二軒隣の彼に出くわしてしまったようだ。
「本当に塔に行ったんですね……言ってくれれば良かったのに」
「ごめん。ど……」
僕の言葉は、コールに引き継がれた。
「どうしても言えない――理由があったんでしょうね。私も理解します。仕事柄そんなことばかりですし」
「うん。塔のことは、あまり多くの人に言うべきことじゃないと言われていた」
「それは、しょうがないことです」
コールは、ずっと空を見ていた。
「もうすぐ、星が流れます」
「え?」
ポン♪ どこからかオルゴールの音色がした。
この前もそうだった。
オルゴールと向き合いすぎて、僕の頭がおかしくなっているのか?
いや、そうじゃない。すぐに空で星が光った。
「本当に流れ星……え?」
僕はすぐにコールに目をやる。
彼はそこにはおらず、すでに家に帰っていくところだった。
「誰にだって言えないことは、あるものですよ」と言葉を残して。
◇
翌日、音が鳴り終わってから、僕は海岸の穴に飛び込んだ。
さすがに昨日の今日で同じことはしない。
ゆっくりと静かな闇の中、梯子を下りていく。
僕は、少しだけ気が重かった。
ルインの頼みは聞いてやりたくもあるが、どうにも腑に落ちない部分がある。
四人で仲が良かったのだというが、父はデガルドさんに気をつけろと言う。彼らの間に何があったというのか。
梯子を下りきると、今日はそこにカンテラが置いてあった。すぐにエイトとは会い辛いなと思っていたところだからちょうど良かった――というか、たぶん空気を――未来を、か――読まれた感じだろう。
『公園』まで来ても姿は見えず、母の部屋に入って作業を始めた。
といっても、ディスクとにらめっこするだけ。
昨日は、結局何もできなかった。
そして、今もどこかで引っかかっている。
十一年前の父の手紙と、お世話になっている社長と、僕は何を信用すればいい。
それに、「彼」も……。
だが、まずはエイトに相談しなくては、昼になって僕はエイトを探しに出た。オルゴールが作られる部屋で彼女は待っていた。
「おはよう、エイト。そして、あのさ……」
そう言いかけると、彼女は唐突に言い放った。
「いいですよ」
「え?」
相変わらず話が早い。
すでに僕がなんの話をしようとしているのか把握されていた。
「わたしは……」
彼女は、静かに言った。
「……わたしは、あなたの言葉を否定しません。あなたのやり方を否定しません。それが選んだ道だと思えば、どこまでも着いて行きましょう」
「なんで、急に?」
「いえ、なんでしょう……そう言わないといけない気がして。何故かは、分からないのに」
彼女はそれっきり黙って、階段の方へと向かっていった。
だからと言って、僕の心が完全に定まった訳ではない。父親のきっちりとした性格上、何の理由もなしに、あんなことは書かないだろう。何かがあったとしか思えない。
何か。誰も言っていない、何かが。
「待ってよ、エイト」
「なんでしょう」と言いつつ、彼女は足を止めない。
「デガルドさんという人のこと、父さんたちから何か聞いていたりしない?」
「デガルド・ハウロ・モンペリオ氏のことは、たしかにベック様とアコール様両名から聞き及んでおります」
「何があったか知ってる?」
「古くは、アコール様を取り合ったのだとか」
「取り合った?」
僕は、考えをめぐらす。
取り合ったから、仲違いをしたのだと思うが……それが理由だろうか。
何か納得できない。そのことを理由に気をつけろって?
いや、そもそも恋敵への恨みだったら、僕を会社に入れるか?
「それと……、実は本来入り口を見つけていたのは、デガルド氏のほうだったと」
「いや、そんなところまでは、読めていなかったと思ったけど……」
「やはり、デガルド氏が持っているんですね」
そこで彼女は、立ち止まり振り返った。
彼女の表情は、変わらない。
けれど、確かに彼女の怒りが見えた――気がした。
「昔、あの人は、この地を去りました。その際に、一冊の本と鍵を持ち出したんです。それを、こう言っていました。『いつか“花”が開くように』と」
「つまりは、それが滅びる日?」
「おそらく」
だが、そうなると、
「そうなると、製作者は世界を滅ぼすことが目的みたいになってしまうんだけど、そういう人だったの?」
「いえ、変な人で、愚かな行動をするような人でしたが、世界の破滅を考える人だったかと言えば……」
「言えば?」
「いえ――」と少し考えこんだ。「――彼なら……ありえるかもしれません」
「じゃあ、やっぱりデガルドさんは連れてこない方がいいよね。やめておくよ」
彼女は、こくりとうなずいた。
だが、どこかまだ考えているようだった。
そして、僕も完全には理解し得ていなかったのだ。
未来は、想像をはるかに超えた洪水のようなものだということを。
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