第三楽章・5

 海岸のところから出て、近くに止めておいた三輪車にエンジンをセットする。

 中身の熱源は、エイトが用意してくれていた。

 普段よりスピードを落とし、ゆっくりと家へと帰る。リビングの明かりが煌々と照り、ルインだけではなく誰かが来ているようだ。いつもより少しだけ静かにガレージを開けた。気を付けてはいても、玄関のドアを開けるよりもうるさくはなってしまう。

 しかし、誰だろう。

 時間も時間だ。

 余程の仲であっても、夕飯後のこんな時間まで居座る人間は限られてくる。

 リビングに出た瞬間、ルインといた人物に僕は驚いた。


「デガルドさん! とコールも、いらしてたんですか?」

「ああ、お帰り。ラック」

 ただいま帰りましたと答えつつも、会社を休むと連絡した叔父がどうにも何かをやらかしたのでは? と気が気でならなかった。

 僕はルインに目を向ける。平然と僕を見ただけだ。

 デガルドさんの後ろのコールは、こっそりと手を振った。

「彼は」とデガルドさんは、ルインを指す。「私とも古くからの知り合いでね。説明が下手なので、彼が言っているかはわからないが」

「いえ、初めて聞きました」

「君のお父さん、お母さんとも知り合いだったんだ。よく四人で遊んでいた……もっとフラットに言うなら『つるんでいた』というべきかな。青春だった」

「そうですね。全然聞いていません」

「まったく、こいつは昔から……あのアコールも――」

「あっと! ラックに言うことがあるのでは?」

 ルインが慌てたように口を挟んだ。

 なんだろう。考える前に、デガルドさんは真剣に話し始めた。

「ルインから話は聞いている。塔に行けたのだと」

 僕は、ルインの方に目をやった。素知らぬ顔をしている。

 デガルドさんは、それに気づいたようだが、構わず続けた。


「私も塔に行ってみたいのだよ、世間で言われている通り、我々は塔を研究しに来た技術者の末裔だ。古くから続く先祖の悲願をどうにかかなえてやりたい」

「ですが……」

「いや、聞いているよ。君が何かの頼まれごとをしているのだとね。だから、決して君の邪魔はしないし、君のやることに口は出さない。ただ見せてくれれば良いんだ。全てを」

「……」

 僕は、考え込む。父の手紙の件もそうだ。


「もし見せてくれば、それだけで君には一生生活の安泰を約束しよう、いや、それどころではない。例の君の発明品の売り上げをすべて君のものとする。君は一生遊んで暮らしても構わないほどの金を手に入れるはずだ」

「少し、考えさせてください」

「ラック!」

 ルインは叫んで、立ち上がる。怒っているようだった。

 が、デガルドさんは手を上げて、それを制した。


「わかった。考えてみてくれ。あくまでも、私は君を信頼して頼んでいるのだと知ってほしい。ゆえに敬意を払って、私の最大の秘密を見せる……これだ」

「これは……」

 彼から手渡されたのは、一冊の手帳。紙は黄色く変色し、形も歪んでいた。とても古い時期からあるものだと思うが、表紙にも大きな傷などはなく、とても丁寧に扱われているものだと分かる。

「これは、モンペリオ家の家宝だよ。興味があれば、見て欲しい」

「はい」

「邪魔したね、二人とも。今日は帰るよ」

 デガルドさんは、残念そうであったが、優しく微笑んで玄関へと向かっていった。

 僕らも彼を追って、玄関まで見送った。

「遅くまで、すまなかった。ああ、そうだ。例の発明品の名前、こんな名前はどうだろう……『ラックス』というのは」

「ええ、いいと思います。でも、名前が入っているのはさすがに恥ずかしいですね」

「いや、君は世界を代表する発明家になると思っているよ」

 そう言いながら、彼とコールは帰っていった。


 

  

 ドアが閉まると、ルインは言った。

「どうして、あの人に中を見せてやるって言わなかった? 嫌いなのか?」

「デガルドさんは、いい人だし、尊敬しているよ。でも、父さんが……」

「ベックさんが、何を?」

 僕は置いて帰るとどうなるかわからないので、持ち帰ってきたディスクを取り出した。

『デガルドには気を付けること』

 ルインも確かにそれを読んだ。

「ベックさんが?」

「だから、完全に信用していいのかわからなくて」

「ぐ……」

 奥歯を噛みしめて、顔をくしゃくしゃにしながらルインは頭を抱えた。

 強く、激しく思い悩んでいるようだった。

「どうしたの、ルイン」

「命の恩人たちを、俺は両方裏切れない」

「命の恩人?」

 頭を抱え、僕の言葉には答えなかった。

 ルインのそんな姿は見たことがない。今まで、一度も。

 彼の丸まった姿には、悲しみがあった。哀愁というべき、悲しさが。

「ねえ、ルイン。明日相談してくるから、見せてもいいかエイトにも聞いてみるよ」

「……ああ、すまない」

 声が湿っていた。

 僕は、優しく彼の背を撫でた。

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