第三楽章・4

 ふと思い出す。

 家で発見した、小さなディスク。

 サイズ的には、エイトの中に納まっているものに似ているけれど。

 先ほど彼女は、自分の分は処理してしまっていると言っていたので、これは父親のオリジナルのはずだ。そもそも塔を構成する金属も、途中にあったパイプからすべてに至るまで、普通の金属ではないのだ。矢印型の傷も、普通はつけられない。

 となると、これは父さんのヒント。

 他のディスクとも見比べてみる。

 机の上に放置されていたものがちょうどあった。十一年も放置されるとは、ディスクも思ってなかっただろうな。母さんに選ばれたのが運の尽きではあるんだろうけど。

 一緒に放置されていた箱には、十二年前の八月四日と記されていた。

 箱までは、雑に放置されていないようで安心した。

 母の部屋にある外箱の付いた本やレコードなどは、よく中身と箱がバラバラになって仕舞われていることがあったから。ここでそんなことになっていたら、本当に頭を抱えていたところだった。

 この金属の円盤を、詳しく説明するとこうなる。

 

 厚さは、一リオメ(2ミリほど)の平らな金属板。

 塔と同じく真鍮色の謎の金属製だと推測される。

 試しに、持ってきた工具でひっかいてみると、そこにはまったく傷がついていない。

 オクターブにセットされていたものは外側が低音で、内側が高音だったが、こちらも同一のものだと想定される。オルゴールとして成り立たせるためか、ディスクの中心から半径一セドク(3センチ)ほどには鋲は何もない。

 ディスクに打たれている鋲は、回転の都合上中心に行くほど緻密で外側ほど広くなる。かつディスクの成形後に何かしらの力で溶接(これが熱で溶けたという研究者の記録は残っていないが)されたものと思われる。

 それはディスクの裏から見ると分かる。 

 鋲の裏は若干金属の目が歪んでいた。

 これがおそらく後から着けたと思われる証拠。

 だが、そんなことが分かっただけでなんとかなるものだろうか。


「これが曲なら、音楽なら……、普通なら……」

 すべてのものと同様に、始まりがあれば終わりもある。当然曲も。

 オルゴールには、曲の終わりと始まりの間に若干の空白があるものだ。

 しかし、塔のオルゴールは間隔がかなり短く、ほとんど繋がっていると言ってもいい。

 他のオルゴールとは違って、鳴らすものではなく記録媒体なのだから当然だが。

 さらに塔からの朝のメロディーは短く、音楽的にも複雑な構造をしている。それは突如として休符となって現れることもあった。果たして、これは休符なのか、切れ目なのかを見極めるのは困難と言えた。

「……どうしたもんかな」

 僕は頭を抱える。

 


           ◇



 

「♪~」

 どうやら、うとうとしてしまっていたらしい。

 解決案は見つからないまま、座り続けていて……途中から記憶がない。

 気づけば、僕の横で彼女が歌っていた。


「その曲……」

「起きられました?」

「うん。ああ……懐かしいね。その曲」

「アコール様から教わった曲です。子守歌のために、自分で作ったんだって」


 物心つく前から共にあった、身近な音楽だった。

 血のように僕の体に流れている。


「僕としては子守歌よりも、聴音の課題にされたのを思い出すけれどね。たぶん今でも空でかけると思う」

「でも、いい音楽ですよね。静かで、心地いい音楽で、私は好きです」

 エイトは、コホンと一つ咳をすると、部屋を出ていこうとして振り返る。

「夕食の準備ができておりますよ」

「……うん。もう、そんな時間だった?」


 僕は眠ってしまったことを後悔しつつ、気のない返事をする。

 今日は、帰ろうかな。でも、食事は準備されているので、それは食べて帰りたい。

「ごめん。今日は、ご飯食べたら一度帰るね」

「大丈夫です。そちらの方は、すでに織り込み済みです」

 あ、そうだった。

 ただ彼女は、少し声を落として言った。

「自宅では少し困ったことが起こるかもしれません。一応それだけはお知らせしておきますね」

「困ったこと?」

 何だろう、そんなことを考えながらエイトの作ってくれたご飯を食べる。

 トマトスープの中に塩漬け肉がたくさん、さらにショートパスタが入ったものだった。よくルインが買ってくるものと少し似てはいるけど、こっちの方がおいしい。

 普段以上に食べてしまった。

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