第三楽章・3
昼食後からも図面を起こして、それが何とか終了。
材料さえあれば、これで仕上げられる。
彼女に連れられて、一つ上のフロアも見せてもらっていた。
この玉座のある部屋には、もう一つ特別なものがあるらしい。
「これです。あ、オルガンではないですよ?」
エイトが指し示したのは、階段からもっとも遠い方の壁、円の四分の一ほどを埋め尽くす巨大な装置だった。現在はとくに何か動いている様子はなく、シンと静まり返っている。
外見は、確かにパイプオルガンのようだ。
一部が大きくこちら側に迫り出していて、しっかりと蓋がついている。そういうところも、オルガンのようではある。ただ彼女の様子を見るにそういうことではないのだろう。閉じたままの蓋の下に、鍵盤があるというわけでは。
「今日は、まだ取り出してないので……今開けますね」
「取り出してない?」
彼女が、蓋の少し上、右側にある分かりやすいボタンを押す。
すると蓋が開き、ビュンとすごい速さで板が飛び出してくる。
飛び出してきた勢いに一瞬ドキリとしたが、三リグス(およそ90センチ)ほど飛び出して止まった。中のものを取り出しやすくするために、台ごと飛び出してきたというだけのことだ。
台に乗っていたのは、彼女の中に入っているものよりは大きく、オクターブが掲げているものよりは小さなオルゴールのディスクだった。
「本日の朝の曲です」
「え? これがあれなの?」
「ええ、毎日こうして製造されます。この『オルガン』で」
「君も、オルガンって呼んでるじゃない」
「製造者が、これをそう呼んでいたので」
「どういうこと?」
「パンチカードやプログラムの時もそうでしたが、私は少し発音を変えているんです」
製作者の言葉には、変な言葉がよく混じる。
塔の文字の発音を、彼女が僕らの言葉に近づけて話してくれているようだ。
「うまく説明はできません。言葉は難しいんです」
円盤を彼女は僕に手渡す。
「昨日のパンチカードと同様に、これは本日の計算結果を示すとともに、昨日までの記録を保存しておくための記録媒体なんです。一応こちらにあるのはコピーですけれど。アコール様に頼まれて、コピーも同様に制作しておりました」
「今までの分、全部?」
「それでも現在までのオリジナルに比べたら微々たるものですが。不要でしたら破棄させていただきます。わたしの分と一緒に不用品として処理しますので」
「あ、いや、いいよ。一応受け取る」
いよいよこちらにも取り掛からねば。
円盤の解析の前に、母の部屋の向かいの部屋に案内され、驚いた。
部屋中を埋め尽くす、箱に収められたオルゴールのディスク。
それと同時に、新聞の切り抜きも集められている。大量のメモも。
「アコール様は大量に存在している分をここに貯蔵しております。ごく一部、何らかのヒントになりそうなものを自室に持っていくのです。それでもすごい量になっておりますが」
「確かに……というか、このディスクで何がわかるの?」
「そこまでは聞いていません」
まあ、教えてはないんだろうな。
それではまたあとで来ます、と大量の情報の前に投げ出された。
確かに、一人にされた方が集中は出来るけれど。
さて、どこから手を付けたものか。
「あ、夕飯はどうしましょう」
「どこまで頼んで大丈夫なの?」
「材料は確かに限られてますけど、だいたいのものは大丈夫ですよ」
「僕が持ってきた荷物に食材が入っているから、何か肉料理ができれば」
「わかりました」
そう言って頭を下げ、そろりと部屋を出て行った。
さて、どうしたものか。
「ん?」
箱の奥の奥に、一つの箱を見つけた。
それだけは他とは違う箱に入っていた。
外側に書かれた日付は十五年前の十一月十一日――
「僕の、誕生日だ」
他の箱が紙の箱で布にくるまれたディスクが入っているのに対し、こちらはしっかりとした木の箱が使われていた。箱を開けてみる。僕の誕生日の音楽。それはどんなものか、僕はもちろん知らない。二人はどんなつもりで聞いたんだろう、聞く余裕はなかったのかもしれないけれど。
箱の蓋の裏に小さく文字が書かれている。
「おめでとう、ラック」
歪んだ文字は、母さんの文字だった。
ありがとう。僕はその文字を指で撫でる。
いや、そうだ。誕生日だ!
誕生日だけに限ったことではない。何か大きな出来事が起きた日。例えば、僕が塔に案内された日もそう。特別な日の音楽を研究していけば、何かが分かるかもしれないと気づいた。
いくつかピックアップして、母の部屋に持っていこう。
例えば、あの日やあの日やあの日のものを。
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