第二楽章・11
「お二人とも、そろそろ来る頃だと思っていました」
僕の家から二軒隣、そこに彼は立っていた。
仕事でよく見るスーツをバリッと着こなし、ニコニコと出迎えた。
でも、どうしてこの人が僕たちを待っているんだ?
自分の家の前で。
「ああ、心配しないでください。ちゃんとラックさんのことは社長にお伝えして、戻ってきてますので」
「ええ……ありがとうございます」
「いえいえ」
「えっと、会社で何かあったとかです? そうじゃないとコールさんが、忙しい社長の秘書がここにいるわけがない」
伝言の結果を教えるために、わざわざ家の前で待っているとは思えない。こんな昼過ぎの時間に帰宅していていい人でもないと思うのだが。
僕も、気づけばルインも、彼を訝しむような目線を投げかけていたらしい。
「ああ、そのような目で見なくても大丈夫ですよ」
彼は胸元から名刺を取り出す。
『コール・エディゾ――第二秘書 兼 金属塔研究部・部長』
「ボクは、あくまでも社長の第二秘書ですので、それに本業はこちらです。塔研究を司る部署の部長! ああ、それこそがボクの本当の仕事なのですっ!」
「つまり……」僕は彼のテンションに呆れつつ「どういうこと?」
「ええ! 何故か、ボクの食指がビンと気配を感じまして、ここで待っていたのです」
いやいや、説明になっていない。
今日、唯一彼とコンタクトを取ったとすれば、ルインだが。
彼の方を見ても、首をかしげるばかりだ。
「本当に……」僕はルインに耳打ちする。「何も言ってないよね」
「ああ、ただデガルドさんに休むと伝えてくれと言っただけだ」
「本当に?」
「ええ!!」
耳打ちも意味のない距離で、爆音の大声。
僕ら二人の耳がキーンと鳴った。
「特に、何も言われてはおりません。実際ボクが予感を察知しただけなので、それが本当なのかを確かめてみたかったのです。何かお二人は、塔に関係のあることが起きたりしていませんか?」
僕はすぐには立ち直れなかったが、なんとか首を振ることだけは成功した。
ルインも同じように、首を横に振る。
「そうですか。失礼いたしました」
心底残念そうに、コールは肩を落とした。
塔研究部はデガルドさんの肝いりで活動が行われている部署だ。デガルドさんも他の多くの第一地区の経営者と同じように、初めに塔を研究しようとやって来た人間たちの末裔だ。
彼らが塔へとかける思いは、一族の宿願なのだ。
「いろいろと申し訳ありません。お詫びに、二つ三つ面白いものを見ていきませんか?」
僕らは断ろうと思ったのだが、半ば無理やり手を引かれ、連れて行かれた。
家の中に入り、そのまま二階の彼の部屋らしきところへと。
そこは、ほとんどガラクタ置き場のようだった。恐ろしい量の新聞の切り抜きや本が机の上やテーブル、床にまで置かれている。本棚やキャビネットの上にまで、金属製の塔の模型や過去にさんざん否定されてきた塔の解剖模型などが飾られている――とは言いがたく、中に押し込まれているようだった。
圧倒的に、うちの母の部屋よりも汚い。
僕は、ルインと顔を見合わせる。
「あっと! 好きな所に腰かけてください」
「腰かけるとこなんてないだろ」とルインは呆れながら言う。
「あ、ほら。そこは本だけですし、座っても崩れませんよ?」
うそだろと驚きながら、僕はずっと立っていた。
ルインは、そのままどっかりと座っていたが。
紙の束の中をかき分けながら、コールは何かを探している。
「ここだと思ったんだけど……あった!」
日に焼けた茶色いボロボロの紙を天に掲げて戻ってくる。
「これは、塔が現れた日の漁師の言葉が載っていた本の一ページです。古い本なのですが、これだけはどうにか手に入れまして」
それもどこか眉唾ものだと言われているのを、彼は知っているんだろうか。
彼は眩しすぎるほどのいい笑顔で、笑っている。
逆に、これを見せられても僕らは困る。
なんと言えばいいんだ。
「あとはですね~」
と言いつつ、紙の束に彼は突っ込んでいった。
「えっ?」
僕とルインは、急いで彼の下へと駆け寄り、雪崩のように崩れていった紙の束の中から彼をどうにか助け起こす。
いつか本当に生き埋めになって死んでしまうのではないだろうか……
「すいません。どうも、御迷惑を。すいません」
「どうにか片付けないといけないと思いますよ、この部屋では……」
「そうなんですけどね。どれもこれも重要な資料ですから」
彼の足元に、紙ではない、何か光るものが落ちていた。
「ん?」
僕は、屈んで拾い上げる。
「ああ、それは……『開発室』の方に見せるには、なかなか恥ずかしいものですが」
「これは、コールさんが作ったんですか?」
「ええ。あ、コールで結構ですよ。ボクは、すいません、職業柄敬語が取れなくて」
僕は彼の言葉を最後まで聞いていなかった。
それは、とても興味深い発明だった。
見た目には手の平よりも大きな正方形の金属の板だ。
四つの窓がついている面が、おそらく表なのだろう。
四つの窓は上側に三つ、下に一つ付いている。
「上の二つの角の所に、つまみがあるので好きなように回してみてください」
「これ?」
回すと端の窓の数字が変わる。
零から九まで好きに合わせられるみたいだ。反対側もそう。
数字を選ぶと、真ん中の窓には「+」「-」「×」「÷」の四つの記号があり、そこからまた一つを選択すると完了だという。
ガチャガチャと音がして、下の窓に四則計算の答えが表示される。
「計算機です。もっとも性能は低いんですが」
「これは、面白いよっ!」
「いえ、全然です。一桁の四則計算ならば普通に暗算した方が早く終わりますし」
「でも、これは中身の技術がいいんじゃないですか」
僕は再度違う数字を当てはめてみる。
三×五や四÷二、七÷三……あ、割れないのはできないか。
五÷零……数学的に正しくないのもできない……
「あ、あと一で割るのも謎の誤作動が起きるんですよね」
八÷一と打ってみると、エラーということなのか、中のパイプがカンカンカンと不思議な音を立てた。何がどうなっているのか、どう鳴っているのか分からないが、心地よい音色がする。
それが逆に面白い。
「あの、また来てもいいですか?」
僕は、もうすっかり彼のとりこだった。
「ええ、もちろん。ラックさんの発明の話も聞かせてください。例の乗り物、会社での話題ですし」
「うわあ! もちろんですよ」
僕はコールに飛びついて、手をぎゅっと握り合った。
なんだか、初めてちゃんとした友だち――と呼べるかどうか分からないけれど、そういう者ができた気がした。手がぷるぷると震える。
「……グス」
気づけば、ルインが泣いている。
え? それほどのこと?
「ラックに、友だちが……」
「いや、恥ずかしいからやめて。か、帰るよ!」
僕は簡単に挨拶し、ルインを連れて階段を下りる。
一階にいたコールのお母さんは、なぜか一瞬値踏みするかのような目を僕に向けてきた。その目線が気になったが、彼女はすぐに笑顔に戻り、「またいらっしゃい」と呟いた。
今のは何だったろうか……
妙な感覚を覚えているとどこからかオルゴールの音色が聞こえた。
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