第二楽章・10

 ルインはしばらく顔を伏せていた。

 僕は今まで聞いた話を全て彼に伝え、エイトはそれを認めた。


「つまりは、街が滅びる日付と内容は不明。それを突き止めることが大切だと」

「そういうことです」とエイトは、僕に言う。「そして、それを突き止めようとしていたんです。お二人は」

「父さんと、母さん?」


 彼女は頷いた。

 そして、彼女は僕を指し示す。

 いや、僕自身というよりかは、僕の持っていた本をだ。


「それに書かれているのは、アコール様の研究の結果です。彼女は、毎日作り出されるオルゴールの円盤と向き合っておられました。ベック様は、そんな彼女をサポートするとともに、塔の技術を外の技術に応用できないかをずっと考えていたようでした」

「でも、研究は終わらなかった」とルイン。

「そうです。二人は解決のためのヒントを探しに出かけた。ここを出て」

「アンタは、何が足りなかったと思う?」

「ルイン様の質問に、完全に答えるのは難しい……ですが、主観としては、両方に技術が足りなかったように思えるのです。アコール様には、機械のことを理解するのが難しいようでした。対して、ベック様には、音楽的な素養がなかった。そして、それはもしかすると……」

「ああ」


 二人の目が、僕を見ていた。

 二人の子どもならば、と?


「僕にできることなら、やるよ」

「いえ、違います。おそらく、あなたにしかできないことです」

「なあ、ラック」

 ルインの目は、まっすぐに僕を見つめていた。

「どうして、俺がここに『今日』連れてきたかわかるか? 二人に聞いていたんだ。『今日』という日に、塔の音楽の開始前、いつもとは違う音が鳴ると。五回の違う音が鳴ったときが、塔がラックを迎える日だと」

「……」

「ラック?」

「なんで、僕なんだろ?」


 僕は、分からない。

 ああ……、普段ならまっすぐに「それは、僕にしかできないだろうね」と答えて見せる自信がある。逆に、ここまで世界が自信満々に君にしかできないと認めるなんてことがある?

 

 運命だ。

 二人の子だ。

 決まっていた。予測された未来。


 そう言われたら、分からなくなる。

 僕は、僕として人生を生きているんだろうか?

 僕がしてきたことって、何なんだろうか。


「なんで、僕はここにいるの?」

「それは……」

 エイトが、何かを言おうとして言いよどむ。

 心がないという彼女は、慰める言葉を見つけ損ねたのだろう。

「それはな、ラック」とルインは言い放つ。「奇跡が起きたからだ」

「奇跡?」

「二人が出会い、二人が結婚をし、二人がお前を生み――鍵を拾った人と出会い、俺に鍵を渡し――オマエが無事に今の年まで生き、働き、学び、ここにいること。そのすべてが、奇跡的な確率の上にあるってことだ」

「……」


 二人の人間が運命的に出会うことすら、『三千万分の一』だという。

 僕は、その数の上に一人立つ自分を思い浮かべる。

 そして、すべての人間が奇跡的な数字の上に立って生きていることに。


「オマエは、幸福にも出会ったんだよ。自分がやれることと、やるべきことが一致したものに。それは決まっていた未来だとしても、多くの人間がたどり着けない幸福だよ。俺には、できなかったことだ」

「どうかお願いします、ラック様」


 ふうと僕は息を吐く。

 なんだか、弱気になっていたみたいだ。


「そうだね。僕しかできないならしょうがない。頑張るよ」

 僕は背筋を伸ばす。



 

「ここにいたころの、お二人は楽しそうでした。毎日ここで、わたしの相手をしてくださっていました」

「え? 働いてなかったの?」

 僕は、ルインを見る。

 なんだか、申し訳なさそうな感じでいる。

「あの、実はな。一応、ベックさんはモンペリオ・カンパニーの社員ではあったんだが、実質、無職だった。ていうのも、今のオマエと同じように開発の仕事をしていたんだが、会社に行かずとも新技術さえ持ち込んでくれれば、それに応じた金銭を払うっていう契約をしていたようでな……」

「塔の技術で、まだ実現されてないものを造っては、それを売ってお金にしていましたね」

「え、えー」


 ルインの説明に、エイトが情報を補足してくる。

 まさか父親が働いていなかったとは思わなかった。


「まだ実用化されてない技術もあるので、ラック様もそうしていただいてよろしいですよ」

「そもそも、ここで研究を続けるってことはそういうことだろうからな。大丈夫。デガルドさんには俺から言っておくよ」

「うん……」


 そうするしかないのは分かるが、多少は心苦しいところもある。

 自分の技術ではないものを発表するのは、今までの頑張りやアイデアをどこか否定するようにも感じてしまうのだが。

 悩んでいるような顔をしていたのだろうか、ルインは肩に手を置く。


「まあ、今日のところはゆっくり考えようぜ」

「あ、本日は泊まっていかれるんじゃないんですね」

「いやぁ、個人的には、若い二人に任せたいところだがな……」


 ルインは、手を肩から頭に持ってくる。

 がしゃがしゃと髪を搔き乱された。


「でも、ほら着替えもなければ食料もないだろ? 人間は飯を食いもすれば、体も汚れる」

「一応お二人のいた時のシャワー室などは掃除していましたが、食料はまだ準備できていませんでした。外には出られませんでしたし」

「鍵がないと内側からも開けられないの?」

「そうです。なくさないように気を付けてくださいね」

 僕は、無意識にポケットの鍵を触る。

「一応この『公園』には菜園を用意していますし、肉類や主食をご用意いただければ、満足な食事が作れるかと」

「わかった。準備しておこう」とルイン。

「他には、何かある?」と僕。「持ってくるものとか」

「あとは、ラック様が過ごしやすいように環境を整えていただければ」

「うん。あ、というか、『ラック様』っていうのやめない?」

「私は機巧として皆さんに尽くすように言われているだけなのですが……」

「でも、つまりどこまでも機巧が人間の下っていうように聞こえて、ちょっと僕は苦手なんだよね。エイトさえ良ければ、普通に呼んでもらえないかな」

「は、はい。頑張りますね」

 少しだけ困っているかのようだった。

 僕たちは、一度彼女と別れて家に帰る。


 

 日は一番高いところを過ぎていたが、まだ白く空で光っている、働いている人は働いている時間だろう。海辺には誰もいない。まだ海に入りに来るような時期でもないし。


 梯子を上り、彼女の持つ明かりが遥か下で揺れるのが見えた。

 相手が機巧なのは分かっている。

 でも、彼女のことが気になって仕方がない。

 単なる『興味』ではない。彼女のことを考えるだけで、心が震える。

 人間の子には、思ったことのない感情だった。

 変わり者――なんて陰口や悪口を、彼女は言わないだろう。それこそ彼女の方が、ユニークな存在だ。彼女のことを考えると、胸が温まるような気がする。


 ふと顔を上げると、ルインがニヤニヤしていた。

 何も言わず、再度殴りかかる。

 が、それを予期されていたのか上手にさばかれた。

 やっぱり不意打ちではないと当たらないようで、さっきのがまぐれ当たりだろう。


「ルイン、実は、まだ言っていないことがある?」

「ん? ふむ……あ、さっきの計算とかいうのってなんだ?」

「はぐらかすのか?!」


 無意味に笑いながら、彼は帰り道を走り出した。

 しょうがない。彼が言わないのなら、僕も言わない。

 叔父さんは、何を思っているんだろう、何を持っているんだろう。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る