第二楽章・9

 長いこと一人にされたせいか、ルインは木陰で眠っていた。

 のどかな太陽の光のようなものが降り注いでいるここは、本当に気持ちがいい。


「本当に太陽の光みたいだ。火でこんな光が作れるの?」

「本当に太陽の光なんですよ?」

「えっ!」


 驚いて思ったよりも大きな声が出た。それでルインも起きたようだった。

 しかし、この場所まで光が届くわけもない。


「塔の先のほうに、仕掛けがあるんです。塔のその部分にはガラスを利用した特殊な繊維が入っていて、それが光を通し、ここにまで光を運べるというわけです」

「逆に言えば、夜にはここも暗くなるってこと?」

「地下にいても時間の感覚がわからなくならないように、という『あの人』のストッパーのようなものらしいです。なんでも、時間や一日の感覚がわからなくなって、限界を迎えた経験があったと言っていましたから」

「そんなこともあるんだね」

「それは、あるだろ」


 ルインが起き上りながら会話に入ってくる。

「何日も暗い部屋に閉じこもり続けろって言われたら、どうする?」

「嫌だな。外出がそんなに好きじゃなくても、外に出たくなる」

「これは俺の経験だが、どうも人間はそういうようにできているらしい。日を浴びて、外に出て、活動して休んで。それが制限されれば、病気にもなる。だから、ここはいいんだろ」

「そうだと思います。ところで、ルイン様にも話を聞いてほしいとラック様が」

「何を、聞くんだ」

「父さんと母さんの話を」

 僕がそういうと、ルインは背筋を伸ばした。


 

「お二人は、鍵を持っていらっしゃいました。今、ラック様が持っている鍵です。どこから手に入れたかをお聞きしたのですが、どうにも怪しい老人から受け取ったと」

「なんで、そんなものを……我が親ながらどうかと思うよ」

 いや、そういう人っぽいよなぁ。


 隣を見れば、ルインも苦笑いを浮かべていた。

 心当たりはありすぎる。そういう性格なのもあるが、有名な音楽家なのもあって、街を出て公演に行くこともしばしばで、公演のたびにその土地土地のファンから贈り物を受け取って帰って来るのだった。鍵ももしかするとその一つだったのかもしれない。


「それが誰からかっていうのを、聞いたことは?」

 とルインは何とか笑いを振り払って尋ねた。

「リポト村と言っていました」

「聞いたことがないな、どこ?」と僕。

「リポト村って言うのは――」答えたのは、ルインの方だ。「――クリナエジスの北側、切り立った山の向こうにある小さな村だ。少数の住民たちが、狩猟を生業として暮らしているところだったはずだが?」

「リポト村の長が、クリナエジスでの講演の際にやってきて、アコール様の演奏にとても感激したらしく贈り物をしたいとおっしゃったそうで。ですが、彼らは狩猟で生活している身で裕福とは言えず、一番の値打ちものだろうと川で拾った鍵をささげたのだとか」

「よくそこから、ここにたどり着いたな、あの二人……」

 僕もルインの言葉に深くうなずく。


「聞いていませんか?」

「もしかして」と僕。「秘密があるの?」

「ええ、鍵の宝石の中に、よく見ると細かな細工があって、現在のメルツェベルクの地図が書かれているんですよ。ベック様、アコール様が訪れた際には微妙に書かれている地図とは異なっていたと思いますが、推測してたどり着かれたようです」

「――うわ。ほんとだ」


 石の中を覗けば、塔と街と入り口が細かな細工で描かれている。

 聞いてみると分かりやすい仕掛けだが、実際見つけるのは非常に困難だろう。


「お二人が訪れる前に、私は母の計算が大きく変わったのを感じていました。一日一日、彼女から送られる指令はとても単調なものだったのですが、その日からまったく違うものになったのを記憶しています」

「計算? 送られる指令って?」とルインが小声で僕に耳打ちする。

「後で、教えるから」と僕も小声で返しつつ、鍵を上着のポケットに入れる。

「続けますね――おそらくアコール様が鍵を手にされた日だと、彼女から聞いて考えました。母の計算上、わたしも母もすべてが朽ち果てるまで世に出ることはなかったのです。運命の流れは、まるで一つの事故から大きく流れが変わってしまった。虫の羽ばたきが、他の地で突風になるかのように……

 わたしたちは、暴風になったのです。いつか街を吹き飛ばす暴風に。

 ですから、その前に塔の謎を解いてほしい。この塔に隠されたことを全部。わたしが何者で、何をするための存在なのか。この地が滅ぶ日は、一体いつなのか。何が起ころうとしているのか。わたしは、すべてを知りたい」

「それは、君が……」とまで言って、僕は押し黙る。


 だが、その言葉は、僕にでも予想できる言葉として紡がれた。

 これは『宝箱の中に、その宝箱の鍵を入れてしまった』という方が、まだマシだというような乱暴な物語で、どこまでも救われないパラドクスを内包している。


「わたしと母が繋がる日は、街の終焉の日。これは、どうにかして外から解かなければいけない謎なのです」

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