第二楽章・8
塔の製作者とは、いったい何なんだ……
僕は、世界の大きさに茫然とする。
「とはいえ、あの人と比べてはいけませんよ」
「どうして?」
「あの人は、なんというか――評するのは難しいんですが、特別でした」
「……特別」
ふと気になって聞いてみる。
「ねえ、なんで『あの人』って呼ぶの? 父親なんでしょう?」
「生物学上ではないですが」とさらりと言った。
「ジョーク?」
「そうです!」
と心なしか弾んでいるように言った――これはジョークじゃなくね。
「そんな話はともかく……わたしからしても、いい父とは思えないから、ですかね」
「君から見ても?」
「一般的な規範しか知りませんが」
どこか複雑なものがあるんだろう。
僕のぼんやりとした記憶の中で、父さんはいい父親だったように思う。だが、それも四年しか体験していないことで、外からうちの家庭を覗いてみれば、父さんも母さんも酷い人と評価されるに違いないのだけれど。一般的な規範から見ても。
流れていた音楽が終わり、次の曲に切り替わる。
またさっきとは違う曲調。
ただし全く知らない音楽だ。
「プログラムの話ですが、さっきのパンチカードで何か思ったことはありますか?」
「思ったこと?」
「パンチカード、一と零、オルゴール……」
「ああ、パンチカードが初期型と言っていたのは、そういうことか」
つまりは、パンチカードが持つ穴があるかないかを、オルゴールの持つピンがあるかないかに発展させたのだろう。
あれもまた曲を記録しておくという、一種の『プログラム』と言えるだろうから。
「さっきのオルゴールを母と言ったのは、どうして?」
「あの人は、最初にあれを作ったんです。演算によってピンの穴を変え、世界を予測するオルゴール『オクターブ』を……私は、彼女の子機に過ぎないんです」
「世界の予測……」
「世界中の動きを当てはめて解く長い式のようなものです。そこにはすべての人間がいて、すべての動物がいて、生きていないものの動きにまで彼女は考えつくし、計算しつくしている」
「あのオルゴールで?」
「オルゴール=彼女、というのは正しくはありません。塔そのものが、彼女なんです。この部屋も、廊下も向こうの部屋、エントランスのフロア、この遥か地下まで。全てが彼女の一部。張り巡らした金属のパイプが血管であり、脳なんです」
彼女は、続けて言う。
「動物の持つ脳という細胞は、大きさによってできることが増える物ですよね。虫の脳と人間の脳を比べてもわかるように。もしも私の体の大きさで、可能なことを塔の大きさで行えばどうでしょう? 私が虫で、塔は人間です。彼女の計算は人を凌駕しています」
確かに、彼女の言うことは正しい。
人間の女性と変わらない彼女。
彼女のサイズでこの性能があるのであれば、大きくすれば機能は格段に上がる。
彼女と塔を比べれば、それは当然だ。
であれば……未来を見通すことは、制作者に何をもたらしたのだろう。
何を思って、ここを作ったのか。
「あの人が何を求めたのかは知りません。それらは、わたしも聞いていないことですので」
「でも、彼女――オクターブは知っているんだろう?」
「恐らくは。ですが、わたしは、彼女から何も聞けてはいないんです」
「聞けていない? どういうこと?」
彼女は、少し戸惑ったかのように一度顔を落とした。
無いと言っていた感情のように見えた。
「わたしは、オクターブと繋がることで彼女の意識や記憶の何もかもを共有します。ただそれと同時に、大いなる危険を世界にもたらす。そう予測されているとしたら、どうしますか?」
「それは……」
無理だろう、それは。
とても、そんなことはできない。
認めることも見据えることも、見逃すこともできない。
「待てよ? でも、どうして今日の――」
「今日のような予測は把握しているのに? ということですね。それはまた方法が違うからです。こちらを見ていただいて、よろしいですか?」
彼女は、またドレスの裾をめくりあげる。
白い腹部を見せると、再び肌を成している蓋を開いた。
そこには、やはりオルゴールがあった。さっきのは見間違いではなかったらしい。
チキチキと金属の円盤が、回っている。
「わたしと母は、これで話していまして、それは一方的な会話なんです。今日のことを、一方的に教えてもらっているにすぎません」
「……そういうことか」
彼女は、また少し顔を伏せた。
「でも、どうして『その人』は、それをしなかったんだろうね?」
ふと、思ったことを口にする。
何か求める結果があって彼女たちを作ったのに、どうしてエイトとオクターブを一つにしなかったのか?
「ええ。被害の規模はわかりませんが、人的被害がない、または少なく済んだという時代もあったと思われます。結果を求めたが、しなかった……つまりは、できないという結果を先に知ってしまったのではないかと思うんです」
「君とオクターブを一緒にしてもたらされたのは、破滅だけだった?」
「ええ。そうでもなければ、行動しない人ではありませんでした」
「『その人』は、どうなったの?」
「どこかへと消えました。出て行ったんです」
「どこかっていうのは……」
彼女は、首を振った。
そこから何年も物言わぬ母親と過ごしてきたのだ。
孤独という言葉で、推し量れるものではないだろう。
「『孤独』――という言葉は正しくはありませんよ。わたしは母とともにこの地にいるように作られたに過ぎません。それでも、お二人は私たちの中に与えたんです、革新を」
「僕の両親?」
彼女は、深く頷いた。
「お二人のこと、お話させてください」
でも、ここから先は、ルインも話を聞くべきだと思い、僕らは部屋を移動した。
部屋を出る前に、エイトは僕に一冊の本を手渡した。それは両手で抱えるのも苦労するような巨大な本。開いてみれば、家にあった母のメモの字によく似た、ひどくゆがんだ字体がびっしりと刻まれている。
本ではなく、母の手記のようだった。
パラパラと見ただけだが、母さんは何かを調べていたのかもしれない。
僕は、手記をめくりながら部屋を出た。
「あれ?」
ズボラな母は、こういう手帳の最後のページをメモを取る手帳の中で、さらにテキトーなメモを取るスペースとして無駄遣いするタイプなのだが……なぜか一言、特別にキレイな字で、一言だけ言葉が書かれていた。
「『迷うなら、あなたの心に従いなさい』……、どういうこと?」
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