第一楽章・3

 すでに何人かの人間が作業していて、僕も自分の席に向かっていった。

 ここ『開発室』の仕事は、モンペリオ・カンパニーでの新製品の企画と開発になる。


「おはようございます、皆さん」


 挨拶をするが、返って来る言葉はない。

 いつもの事なので気にせず、僕は席に着き、仕事の準備を始める。

 開発は班に分かれて行うのだが、すでに僕のグループはなくなってしまった。というか、僕のいたところは、グループ内の不和という理由で解散しており、僕以外のメンバーでまた一つのグループを作っていた。

 だが、気にすることはない。僕にだって仲間はいる。


「おはよう、ソー」


 僕の席の足元にいる彼を起こす。

 彼はソーといい、僕のアシスタントである。

 

 機巧カラクリのアシスタントだが。

 特技は金属板や金属パイプを任意のサイズに切り出すこと。机の下にあるその体は、フットレストのようだがそうではない。四つの足にローラーを持ち、体の下にグラインダーや丸ノコがついている優秀なヤツだ。

 もちろんすぐには起きてくれない。

 いつもは今から火を起こして蒸気の圧力を高めていたが、今日からは関係ない。

 先ほど外したエンジンを、ソーの天板に作った穴にはめ込む。

 彼は目を覚まして、元気に丸ノコを試運転させ始める。


「君もおはよう」

 机の上にいる彼女にも。

 彼女の名は、ファー。

 金属に穴をあけたり、ネジを回したりするための子だ。

 ファーは自分で自由には動けず、僕が手に持って扱うのだが、ネジ穴をあけたりネジを締めたりは一個の試作品でかなりの数になるから、彼女がいてくれて本当に助かっている。

 

 他にも「ミ」「レ」「ド」という試作機もいたのだが、不運な事故で壊れてしまっている。

 誰かがつまづいてしまったという不運な事故で。


 二人の班員を起こしたので、さっそく作業を始めるが――そもそもデガルドさんの思い付きによる企画である「音楽を持ち運ぶための機巧カラクリ」はすでに完成している。プレゼンまでは端材で遊んでいよう。

 何か次の発明に使えるかもしれない。

 他のグループでは最終調整に入っているのか、怒声が飛んでいる。

 あの中にいなくて、本当に良かったと思う。

 騒いでいる男の声が、こう叫ぶ。


「てめえも、あいつみたいに窓際にしてやろうか?」

 アイツ――誰の事だろう?


  

 社長のデガルドさんが、秘書を伴い開発室に降りてきた。

 整髪料で固められ、きっちりと整えられた髪。オーダーメイドと思われる細かな刺繍のあしらわれたスーツ。いかにも金持ちと言った服装ながらも、いつも柔和にほほ笑んでいるので、あまり嫌味には感じさせない人だった。


「おはよう。ちょっと忙しくなってね、この後すぐに出かけねばならない」

「では、プレゼンは後日ですか?」


 開発室の室長・セレバルが聞く。

 彼はデガルドさんよりは年下だが、髪には白いものが混じり、どこか苦労を感じさせる雰囲気をまとっている。


「いや、今軽く時間をとった。1つのグループずつ簡単にだが、見よう」

「はい。では、私たちから」と室長たちのグループ『第一班』が商品をプレゼンする。

 手に装着できるほどの蓄音機で、それは非常に軽く持ちやすいのだという。

 手のひらに収まるほどのレコードを入れて、音楽を聞けるのだとか。


『第二班』は、元々僕がいた班だ。

 この班にはダイロン=ザシアからやって来た人間が多い。

 先ほど怒声を上げていた男もここにいる。ダイロン=ザシアの人間は何かと生真面目で、厳しい人間性と言われる。

 ここは首から下げるタイプの蓄音機を作っていた。

 音はゴムのパイプを伝って、そのまま耳に音楽を流せるという。だが、熱源のカバーの薄いのが問題だった。

 すでに実演してみせた班員の服が焦げだしている。


 次の『第三班』は、クリナエジスの人間が多い。班としても非常におっとりとした、悪く言えば覇気のないグループになっている。そして、今回の新商品も特に特筆すべきことはない。

 他の二班と同じようなもので、かつ他よりも恐ろしく不出来だった。


「では……ラック。いや、その前に室長、彼をまた一人で置いておくのはどういうことかね」

「ええ。いや、班構成を変えようかと言っては見たのですが、このままでいいと譲らなくて」

「それは本当か、ラック?」


 まあ、そんなことを言われてないことはないな。

 かなりニュアンスは違っていたけど。

 めちゃくちゃこちらを睨んでくるセレバル室長。


「ええ、言いました。このままで大丈夫です」

「そうかね」

 デガルドさんは、不満そうな顔を見せたが、すぐに顔を戻した。

「では、君のを見せてくれ」

「はい」


 僕は、奥から布をかけたそれを持ってくる。

 僕と同じだけの大きさにはなってしまったのは、反省点だ。

 その大きさに、開発室の全員から小さく嘲笑が漏れた。


「待ってくれ」とデガルドさん。

 顔はいかにもまじめだが、がっかりとした表情を見せる。

「私は、音楽を持ち歩けるものを考えてくれと言ったんだぞ? 聞いてなかったのか……それとも何か理由あってのことか」

「理由ですか。理由はあります」

 僕は、懐から機巧を取り出す。

「こちらは、本物ではないですが、室長たちの班のものに似せたレプリカです。同じように小さなレコードをはめて、音楽を聞けます。が、問題があります。蒸気力を使う以上、小型化には限界があるんです。熱エネルギーは簡単に外に漏れだしてしまう」


 それに一番外側に熱源を着ける必要もある。

 歩きながら扱うには、危険だ。

 

「なので、十分に満足するほどの音楽を扱うには、大型にするしかなく……ならばどうするかと考えた結果、歩いてついてくればいいと思ったのです」

「つまり、歩く蓄音機か? 少し単純すぎやしないか?」

「いえ、それでは面白くないので、ちょっとだけアレンジしました」


 僕は布を取る。

 そこには四本の足を持ち、大きな四角い体を持つ歩く蓄音機。


「うわ……」

「なんだこれ……」

「気持ち悪っ……」


 皆が口々にそう呟くのが聞こえてくる。デガルドさんも口元を抑えている。

 思った以上にひどい反応だが、確かにそうなるのかもしれない。

 僕は、蓄音機に口を付けた。

 機巧にキスをしたわけでも、大きなラッパをつけたわけでもない。

 人の『口』を模したものを、蓄音機の上部にくっつけたのだ。


「本当ならば、もう少しちゃんとした顔を着けたかったんですが、上手にできなくて。なので、これでどうにか許していただければ」

「いや、待て待て、ラック。それは、なんだ?」

「口ですが」

「違う、どうしてこんなグロテスクなものを作ったんだと聞いている」

「歌わせるためです」

 僕は、断言する。

 機巧を歌わせる、これが僕の考えた音楽である。

「音源は、この機械専用のものが必要になるので、今回は僕のオリジナルでご容赦ください」

 スイッチを、入れた。


 

  「ひゃがねは歌うよ、てちゅの歌

   熱してゃ心を、溶かす歌

   しゃまし、固めて、しゅきな形ぬぃ

   けじゅって、mすンで、ワタシになりゅ

   だぁから、歌うよ、てゃちゅの歌」

  

 

 音楽は体から鳴り響き、口からは言葉が、詩が、歌が吐き出される。

 発音はもう少し拘りたかったが、聞き取れないほどではない。

 まだまだ研究の余地はあるが、及第点としておこう。


「よし、分かった」

 デガルドさんは立ち上がり、1つパンと手を打ち鳴らす。

 班の開発品を一通り触ってから、一度髪をかき上げた。


「では、腕につけるタイプと首から下げるタイプの2種については、商品化を目指した改良をしてもらおうと思う。ラックの言うとおりに駆動時間の問題もあるだろう、もう動いていないようだしな。第三班は、他の2つのグループに協力すること」


 僕のは、触れられなかったな。

 機巧を片付け始める。


「あ、ちょっと待ってくれ。ラック」

「はい、なんでしょう、社長」

 彼から手招きを受ける。

「君の発明は、また違った分野に活用させてもらおう。歌わせることができる機巧は、もう少し上手く……キレイに作れば必ず売れる。間違いなく」

「ありがとうございます」

「少し歩きながらになるが、いいかい?」


 見れば秘書のコールがずっと渋い顔をしていた。

 急いでいると言っていたな。

 僕とデガルドさんは、昇降機の前まで一緒に歩きながら話した。


「下に停まっていたのは、君の持ち物かい? 一階であれに乗ってくるのを見たというものがいるんだが」

「ああ、そうです。僕が作って、今日乗ってきました」

「アレは一人乗り用の蒸気自動車ということだな。だが、なぜ車輪を一列にしたのだね?」

「もともと、家からここまで来るための足として考えていたんです。だからこそ、小回りの利く車体が必要で、ああすれば第一地区の道も通れるかなと」

「さすがだ! すばらしい発想だな。今朝のエントランスの一件も聞いている。ありがとう」

「いえ、そんな。こちらこそ、ありがとうございます」


 人の乗った昇降機が上がってきて、僕らの前を素通りした。

 見間違いかと思ったが――いや、確かにルインだった。


「あれの設計図はあるかい?」

「……。ええ、あります」

「すぐにでも量産しよう。今度持ってきてほしい」

「わかりました」

 彼の差し出した右手を取ろうとすると、すかさずそこに秘書が割り込んだ。

「社長、本当にそろそろ急ぎませんと」

「ああ、分かった。では、また今度。名前も考えておいてくれよ」


 彼は昇降機に軽やかに飛び乗ると、自分のフロアへと上がっていく。

 しかし、なぜルインが……。

 確かにルインとデガルドさん、そして僕の両親は古くからの知り合いと聞いている。

 だが、わざわざ会社に、それに服もちゃんと着替えて訪ねてくるような用事ってなんなのだろう。

 まあ、家で聞けばいいかと僕は仕事に戻る。

 せっかくならば、設計図を書き直しておきたい。

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