第一楽章・2

 突然河の中に現れた『金属塔メダリガルダ』は、大河の流れを変えてしまった。

 上流の――ダイロン=ザシアのさらに奥――恐ろしく高い岩山から運ばれてきた土砂が、塔の後ろに次第に堆積していく。人が立てるほどの土地になるまでには、そんなに時間がかからなかった。

 一時、隣の両国が塔の所有権を公言したが、寸分たがわず国境の真ん中に立つ塔を自国のものだとは言い張ることができず、少しばかりのしこりを残したまま、謎の建物を研究するという名目のもと、平和的に両国が管理するという形にまとまったようだ。

 まあ、それがなければ、最近のややこしい状況もなかったわけだけれど。

 話を戻す。


 

 人が立てるほどの土地は、次第にテントが設置できる大きさとなり、いくつかの研究所がたつほどのサイズになり、人が住めるほどの大きさになったのは塔の発見から約150年後のことだ。

 何人もの物好きな研究者や科学者、技術者たちが日夜何年も住みこんで活動した。

 時に互いの成果を教え合い高め合い、発展させ、それが街の工業を発展させていく。

 そうして初めに三角洲に住みついた知識階級の末裔が現在の第一地区の住人である。

 ただ彼らの中に、建築や都市のデザイナーがいなかったのが今や悔やまれるばかりだ。

 

 第一地区には、まともに直線で描ける道はなく、どこもかしこも曲がりくねって、まるで迷路のようですらある。またどうにか全員で譲りあい作り上げた道も、乗り合いの馬車――最近は機巧カラクリの車が引っ張る方が多いが――を通せるほど広くはなく、第一地区で働く多くの工員たちが、ロープウェイを使って通勤している。

 僕も昨日まではロープウェイで通勤していたところだ。

 

 第二地区と第三地区の間に作られた駅から、第一地区の中心、ひと際大きなビルに繋がっている。そのビルからは、また違うビルへと一回り小さなロープウェイがつられていて、各々自分たちが働く会社へと出勤していくのだ。

 このロープウェイのターミナルとなっているのが、現在この街の代表――独立都市なので正確には市長というべきか――が経営する「モンペリオ・カンパニー・ビル」である。第一地区の中心にそびえ立っており、金属塔とモンペリオ・カンパニーを結んだ線は、この扇形の都市を綺麗に二等分する。

 今僕が地上から目指しているのもこのビルだ。

 ならば、初めからロープウェイで行けばいいと思われるかもしれないが、あれはあまりいいものではない。

 

 

「ぎぃゃあああああああ」

 

 今も頭の上から悲鳴が聞こえてくる。

 ロープウェイのゴンドラが風でがんがんと揺れていた。

 しかも、中はパンパンの超満員。駅で職員に押し込められて、無理やり乗せられた労働者たちの蒸し風呂である。

 第二地区や第三地区の住人の多くが、第一地区で働く労働者なのだ。街で自営業を行う者や近場の小さな工場で働く者以外のほとんどが、第一地区に働きに出ている。

 それらが各会社への近道だとロープウェイに乗るので、どうしても朝夕の乗車率は大変なことになる。

 蒸し暑く、人の間に挟まれながら、ひどい揺れ――乗り物酔いは避けられない。

 時折、最悪のゴンドラに出会うこともあるし、自ら最悪のゴンドラにしてしまうこともある。

 あれは、通勤に使うような乗り物ではない。

 

 それならば通り難かろうと、遠回りになろうと道を走った方が幸せだ。

 だからこそ、コレを作ったと言ってもいい。

 

 バランス感覚は必要だが、塀と塀の間の狭い道を曲がりくねりながら、さらには通行人たちを避けながら、楽にかつ早く進める自動三輪車コレならば、通勤も快適だ。

 僕はハンドルを切り、第一地区へと入っていく。

 細い道がとても極端に折れ曲がったり、互いに自身の敷地を無理やり主張したんだろうなという道に出くわしたりと、単純な道は一つもない。乗り物に乗ったとしてもあまり長く寝てはいられなかったようだ。さらに奥へ進んでいくと、途端に道が開け、眩しいほどの光が目に飛び込んでくる。

 第一地区を通り抜け、塔にたどり着いた。


 ここから違う道を戻れば、モンペリオ・カンパニーへ到着する。

 これが一番に近いルートで、どんなにほかの道を考えたところで、本当にこれしか道はなかった。

 塔とこの道の間には、僕の身長――この国の15歳の平均身長よりは低いけど――の3倍はあろうかというフェンスが取り付けられている。現在は誰も塔にはたどり着けないどころか、触れることさえできない。


 たとえフェンスを越えたところで、塔には入り口がないのだけれど。

 つるりとした金属の壁が、一周どこまでも続いているだけ。

 でも、もしも塔に入り込めるとしたら……。

 

 こんな疑問は古くから考えつくされていた。川を塞き止めたり、穴を掘ってみたりした者もいたが、誰も塔の中にたどり着いた者はいない。小さな子どもでさえ、学校で習うことだ。

 

 もしも入れるなら、塔の先端はどうだろう?

 音楽が流れる際に、少し開いて見せる『金属塔』の先からならば入れるのではないか。

 数年前、『モンペリオ・カンパニー』の社長・デガルドさんが提唱した説である。それを実現するために、研究者たちが日夜飛行艇作りをしてはいるが、まだそれは実現していない。


 しかし……。

 僕は、考える。

 僕が金属塔の製作者ならば、どこかに簡単に入れる道を作るだろうと。

 そうでなければ、何か問題が起きたとき、故障したとき、どこからメンテナンスをするというのだろうか。

 

 

 塔から道を少し戻り、モンペリオ・カンパニー正面へとたどり着く。

 1階のエントランスホールは外から奥まで見渡せるガラス貼りになっている。他のどんな建物も石造りやレンガ造りであるのに対し、デガルドさんは革新を求めた。2階以降はまた石造りの外壁が続くが、ロープウェイの中継点である25階とそれより上の階はガラス張りの美しいデザインになっている。

 彼曰く、塔のデザインを意識したのだと言っていた。

 1階部分こそ横に広いエントランスになってはいるが、2階から先のオフィスや作業場はほっそりとした塔のようになっている。第二地区や第三地区の方から見れば、2つの塔の兄弟のように見えるだろう。

 会社の手前でアクセルを緩め、マシンを減速させる。

 だが、会社の表に、乗ってきたマシンを止める場所はない。

 僕はあえて堂々と、迷惑になるように停めると、3本のタイヤからエンジンを抜き出す。

 中の石炭は赤々と燃え、止めている状態ですら小さくシュンシュンと蒸気の音を立て続けていた。これらには、後で仕事をしてもらえるように外せる仕組みにしておいた。

 それから僕は会社の中へと入って行こうとする。


 

 すると、入り口には黒山の人だかり。

 みんながドアの前に集まって、ガヤガヤと騒いでいる。

 僕も気になって、そこに近づいていく。


「誰か、呼んできてくれ」


 会社では最近、蒸気式の自動ドアを取り入れたのだが、それが動かなくなってしまっているらしい。あまり騒ぐほどでもないし、他の入り口を使えばいいと思うのだが……


「いや、大丈夫。不備が出やすいのは分かりましたので」

「いえ……そんなことはなくてですね」


 話をしているのは、営業部の人と少し日に焼けた背の高い男の人。

 話ぶりからすると、クリナエジスの会社の人たちが商談に来ていたようだ。

 そうなれば仕方ないと、僕は人々の間を無理やりかき分けて、一番前に出た。

 ポケットに入れてあった工具を何本か抜き出しながら、自動ドアに近づいていく。


「すいません。少しいいですか?」


 僕はドアの手前のカーペットをはがした。

 そこには金属の大きなスイッチが設置してある。

 ここを踏み込むと、蒸気がパイプを伝って流れ、ドアを開くための歯車を回す。閉まる方はバネによって戻るだけの簡単な仕組みだ。僕はスイッチに体重をかけながら、耳を澄ます。

 音がしない。

 どうにも中のバルブを開け閉めするためのパーツが外れてしまっているようだ。


 僕が「あーここか」と言いながら直していく手元に、隣国の会社の人たちの視線が注がれているのを感じた。意外とシンプルな作りに驚いているのかもしれない。引っかかっていたパーツが外れていただけなので修理自体は数秒で終わった。



「かなり簡単な作りなんですね」

 カーペットを戻していると、話しかけられた。

 クリナエジスの人だった。

「えっと……そうですね」

 

 見ると営業部の人がハラハラしながらこちらを見ている。

 いや、余計なことは言わないよ。さすがに。


「なるべくどこにでもつけられるようにと簡単にしたんです。ただし常に少量ながらも蒸気を沸かし続けてないといけないのがネックですが」

「もしかして、あなたが設計を」

「はい。そうですよ?」


 そこからは大絶賛の嵐だった。

 力いっぱいのハグをいただき、最後には胴上げをさせられるところだったので、すんでのところで逃げ出した。あれくらいのことで、そこまでされてしまっては逆に怖い。

「仕事に行かないと」と丁重に断り、会社の中へと入っていく。

 まだまだ後ろでは謎の盛り上がりを見せていた。


「仕事できるって大変だな」

 広いエントランスに入ると、正面奥の壁を二台の蒸気昇降機がせわしなく動いている。

 上の階や下の階に行くための乗り物で、五人乗りのカゴが奥の壁面を伝うように走る。左側は上に向かっていき、右側は下側へ降りてくる仕組みだ。カゴは壁面を動くベルトコンベアに吊られており、最上階と地下を経て循環している。ベルトコンベアはゆっくりとではあるが、一切止まらずに走り続けているので、タイミングよくそれに飛び乗るしかない。

 僕も何とかタイミングを見計らい昇降機のカゴに飛び乗った。

 

 目指すのは『開発室』。

 僕の職場だった。

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