第2話 探偵は図書館にいる

「山神さん」


 長く美しい黒髪を、灰色の空に靡かせながら、少女は続ける。


「山神さんは、今日はここまで何で来られていますか?」

「原付です。駐車場に止まっていたオレンジ色の」

「なるほど。それではちょうどいいですね」

「ちょうどいいっていうのは?」

「私も原付なんです」


 言いながら、彼女は原付の鍵を取り出し、こちらへ見せてくる。


「山神さん、このあとお時間ありますか?」

「ええ、特には。木曜は全休なので」

「そうですか」


 一瞬の沈黙。


「これから、私たちの事務所にお越しいただけないでしょうか。こちらとしても、出来るだけ早く、そのUSBの中身を調査したいと考えています」


 提案を持ち出した時点で、既に答えは決まっている。


「是非、よろしくお願いします」


 彼女に続き、階段を下りていくと、そこには二台の原付が停められていた。


「ズーマーですか?」

「そうです。まあ、親父のおさがりなんで、完全に俺のってわけじゃないですけどね」

「暁さんのやつは、確か……スーパーカブ?」

「はい。私のも母のおさがりです」

「なるほど」


 話しながら、彼女はシートの後方に設置されたプラスチック製のボックスに、自身のトレンチコートをしまい、代わりに白色のもこもこしたアウターを取り出す。俺は、その様子を見ながら、オレンジ色のコーデュロイの上に、茶色いフライトジャケットを羽織る。


「山神さん」

「はい。何でしょうか?」

「事務所の方に連絡を入れておきたいと思います。五分ほどお時間頂戴しても構いませんか?」

「了解です。ゆっくりで大丈夫ですよ」

「ありがとうございます」


 暁さんは、一度着けた手袋をとり、先ほどのボックスからスマートフォンを取り出し、電話をかけ始める。すると、二、三回コールしたタイミングで、相手が出たようだった。


「はい。……分かりました。……では、そのようにお願いします。……失礼します」


 彼女の電話はすぐに終わった。実際のところ五分もかかっていないだろう。断片的に聞き取った程度ではあるが、俺をこれから事務所に連れてくという報告をしていただけだった。


 再度ボックスに私物をしまい終えると、今度は俺に指示を出してくる。


「私が前を走りますので、山神さんは後ろからついてきてください」

「分かりました」

「……法定速度で構いませんか?」

「ええ。俺もバイク初心者なんで、逆にそうしてもらった方がありがたいです」

「それはよかったです。では、行きます」


 白色の本体に、紺色のラインの入ったスーパーカブ。彼女はそれに跨ると、ヘルメットのシールドを倒し、エンジンをかけ、霊園からの坂道を下っていく。俺もそれを見失わぬようにと、すぐ手袋をはめ、ハンドルを回した。


 数分ほどで、目に映る景色は、霊園のあった田舎から、それなりの高さのあるビルが立ち並ぶ街中のものへと変動した。高速道路に流通団地。それを過ぎると、点々とではあるものの、いくつかの飲食店が見えてくる。どうやら、暁さんは霊園と同じ市内にあるJRの駅の方向へ向かっているようだった。


 それからまた数分ほどで、前を走っていた少女はエンジンを切った。

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