機械仕掛けのアフターワールド
橙コート
第一章 Dualな街の探偵事務所
第1話 霊園にて
「久しぶりだな」
冬空の下。誰もいない、かすかな線香の匂いだけが漂う簡素な霊園で、俺は一言そう呟いた。
意味などない。返事をしてくれる相手もいない。さらにいえば、俺は挨拶を不必要なものとさえ考えている。ただ、こいつと話すときは、いつもそうするようにしていた。「お前の数少ない友人が顔を出しに来てやったぞ」という思いを込めて。
あいつと最後に会ったのは、九か月ほど前。あの日は地元の喫茶店でお茶をし、数時間ほど大学受験の結果や高校での出来事、中学のあいつは今何をしているのかなどという近況報告と思い出話に花を咲かせた。
それからすぐに、文哉が自殺したと聞かされた。知り合いから連絡をもらったという母親の話によると、彼は赤城山の山頂、大沼近くの森で首を吊っていたのだという。
正直、あまり驚きはしなかった。
あいつは昔から、どこか鬱気質なところがあった。何をやるにも、そこに理由が存在しなければ、体を動かすことができない。生きる理由を求めるも、それを見つけることができない。そんな状態のまま、淡々と日々を過ごしている。少なくとも俺の目には、彼はそういう人物に映っていた。
だから訃報を受けたとき「そうか」と、変に納得し、そう呟いてしまった。
「なあ、文哉」
なんで、こんな終わり方なんだよ。
俺には分からないのだ。何故こいつが、そんな考え方をして、生きていたのか。何をもって、自ら人生を終わらせようという、悲惨な結論に至ったのか。その理由が、思いが、感情が、俺には未だに分からなかった。
地面に置いていたショルダーバッグから、線香とライターを取り出し、火を点ける。彼岸のときのあまりだが、特にそれが悪いということもないだろう。一応異常がないかを確認し、高炉へ少しずつ入れていく。
そのとき、不意に視界の中に違和感を覚えた。花立と水鉢。その間にある数センチほどの隙間から、薄い半透明のものが顔を覗かせている。
ほとんど汚れのないそれを、右手でゆっくりと引っ張り出し、ぐるっと全体を見回してみる。手のひらサイズの黒色の何かが入った封のできるタイプのポリ袋。袋自体は、恐らく新品であろう。汚れや傷は一つもない。それはまるで、ここへ来る直前、何者かが意図的に置いていったかのようである。
中身はUSBメモリであった。側面についているパーツを横にスライドすることで端子が出てくる仕様のもの。こちらも、袋同様目立った汚れは見られない。前面には「16GB」という数値と、有名な電機メーカーの社名が印字されている。一見した限りでは、何の変哲もない。本当にただのUSBだ。
「すみません」
そのときだった。
俺を制止するように、聞き覚えのない何者かの声が、謦咳に接した。
それのした方へ視線を移す。すると、そこには一人の女性が佇んでいた。
黒いスカートに白色のハイネックシャツ。その上に探偵のようなベージュのトレンチコートを羽織っている。おまけに、頭上には、見える茶色いレザー製のキャスケット帽子。
年齢は俺と同じくらいで、二十歳あたり。平日の昼間から、私服で出歩いているということは、恐らく高校生ではない。差し詰め、女子大生か社会人といったところだろう。
「
「ええ」
得体の知れない少女からの問いに、躊躇いながらも、肯定の意を込め答える。
「三鳥さんとは、中学生のころからのご友人。合っていますでしょうか?」
「ええ、一応そうなりますかね」
「ご冥福をお祈りいたします」
「あっ、はい」
反射的にそう返してしまう。けれど、この言葉は、俺に贈られるべきものではない。
「……あの、あなたは?」
「自己紹介がまだでしたね」
ひと呼吸おき、彼女は続ける。
「
言いながら、コートの内ポケットから名刺が差し出してくる。白い紙面に、黒の明朝体。「暁たきび」という氏名の上に、彼女の発言を裏付けるよう「
「私は、九か月前に亡くなった三鳥文哉さんについての調査をしています」
「調査って、どういう? というか、なんで今になってそんなこと?」
「三鳥さんは自殺ではなく、何らかの事件に巻き込まれていたのではないかと考えています」
「何らかの事件……?」
「そうです」
「そうですって……。でも、あいつの親はそんなこと一言も」
彼女は一度俯き、少し考え込むような動作をしてから、口を開く。
「……現状、彼が事件に巻き込まれていたと、法的に裏付ける証拠は、何一つありません」
「は?」
「私は、依頼人が見つけたあるデータをもとに、調査をしています」
「あるデータって……」
「テキストデータです。内容は、三鳥さんが生前関わっていたとされるある女性に関するものでした」
「……そんな話をなんで俺に?」
尋ねると、視線を俺の手元へ向ける。
「依頼人は一週間ほど前、この場所で、今あなたが持っているものと同じ、黒色のUSBメモリを発見しました。その中身が、先ほど言ったテキストデータだったというわけです」
そう言うと、彼女は体勢を整え、凛とした立ち姿でまっすぐな声で申し出る。
「山神さん。調査のために、そのUSBを預けていただけませんでしょうか」
「……はい」
数分前に出会ったばかりの女からの誘いに乗るというのは、あまりにも危機回避能力の低い行動であると、自分でも思う。けれど彼女は、俺が今一番気になっている文哉の死に関する手がかりを持っている。そう考えると、この選択は俺と暁さんのどちらにとっても最善であろう。
同時に、少し驚いた。これほどまでに、自分が文哉のことを気にかけていたということに。
「ただし、条件があります」
「何でしょうか?」
「暁さんが言っていたUSBの中身と、こいつの中身。俺にも見せてください」
言いながら再度、考え込む。それは、先ほどのものよりも少しばかり長い。
「分かりました」
顔を上げ、軽やかにそう口にする。
「では、山神さん。調査のご協力、よろしくお願いいたします」
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