第8話:赤の配信。初めてはなんだって緊張する

「つ、作っちゃった……、サムネ!!」


 なんかVtuberらしくない? めっちゃテンション上がるんだけど!

 チャンネルも作ったし、気をつけろと口を酸っぱく言われた、配信するなら事前にする登録する事も済ませたし、モデルもちゃんと動く。

 あとは。あとは……。初配信の告知をするだけ。うぅー! これ結構勇気いるなー。でもでも、音瑠香ちゃんだってこの緊張を乗り越えて配信しているんだから、こんなことで負けるなあたし! 気張れ朝田世オキテ! うおおおおおおおおお、ぽちー!


「……投稿した。したな? したよな?? よし! あとはその日まで待つ!」


 音瑠香ちゃんにも教えた方がいいかな? 普段から絡んでるんだし、一言やるよ! って言いたい気持ちはある。どうしてVtuberを始めたか、なんて言われたらVtuberとして音瑠香ちゃんのそばにいて支えてあげたいからという理由に他ならないんだから。

 見ていてほしい。あたしの初めての晴れ舞台なんだから。

 でも同時に迷惑かな、という気持ちもあって。初配信するよ、と唐突に言われても困惑するのもよく分かる。はぁー、何が正解なんだか。まぁ、人生に間違いはあっても正解がないってのは知ってることだし、迷わず真っ直ぐ突撃だ!


:朝田世 オキテ@Vtuber準備中

音瑠香ちゃん聞いて!

今度初配信するんだ! よかったら来てほしいなー、なんて!

あたし頑張るからさ!


「……ちょっと媚びすぎた?」


 人生に正解はなくても間違いはある。もちろん文章にも!

 あたしの「音瑠香ちゃんに見てほしい」欲がこれでもかってぐらい出てきてる。いや、実際見に来てほしいし。むしろ見に来てほしい人に催促して何が悪い! って感じ。

 まぁ、すぐには返事は来ないだろう。初配信まで時間はあるし、準備でもして……。


 と、ツブヤイターのアプリから離れようと思った瞬間に通知が1件届く。こ、これは……?!


:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

オキテさん、頑張ってください。

わたしも初配信は緊張したから、慌てずにね


「ど、どっちだ……?」


 頑張れ! っていうエールは見える。というか「頑張って」って書いてるしね。

 でもこれじゃあ配信に来るか来ないか分からないぞ? 文章には間違いというか、伝え忘れ、みたいなのはいくらでもある。それで友だちと喧嘩したこともあったし、何度か縁が切れたことだってある。だから伝え忘れは怖いんだよ。来るか来ないか分からないパターンは特に!!!


「あーーーーー気になるーーーーーー!!! でも今さら掘り返すとさらに重たい女感が出てしまうしーーーーーー!!」


 ここはいいねだけ押して、終わらせよう。

 でも気になる。気になって夜も眠れないかも……。


 ◇


 それから3日。


「おはよ……」

「うわ、どうした露久沙?!」

「寝れんかった」


 舞が驚く最中、今日だけは挨拶する気力が起きないので机に突っ伏す。

 今日が初配信だってのに、音瑠香ちゃんが配信に来るか来ないか分からない態度をずーーーーーっと続けてるもんだから、気になって気になってぇ!


「ふあぁ……」

「露久沙が寝れない事とかあるんだ……」

「当たり前じゃん。てか、あたしのことなんだと思ってたん?」

「推し狂い」


 そんなことはない。ただ音瑠香ちゃんに一目惚れしただけですー。一目惚れ相手にもちゃんとあたしは尽くすんですよーだ。バーカ。


「露久沙って、意外と成績いい癖にバカだよな」

「んだと?!」

「ホントのことだからって怒鳴んなって」

「キレそう……」


 とかは言うけど、とりあえず机に突っ伏してから寝ることにした。

 初配信で元気な朝田世オキテのイメージは崩したくない。あとでエナドリとか飲むか。いや、飲むしかないだろこの感じは。


「んで、今日なんでしょ? 初配信」

「うん」

「頑張んなって、アタシも来てやるからさ!」

「別にどっちでもいいし」

「あーーーー、拡散してやるのになー!!」

「なら音瑠香ちゃんの宣伝して」


 脱力したまま授業開始のチャイムが鳴る。それを合図として突っ伏して寝る。

 これは内申点下がるかなぁ。でもマジで今日は勘弁してほしい。あたしの大事な日なんだから。ま、1日ぐらいじゃなんともならないか。


 ◇


 てことで夜の21時近く。準備も終わってエナドリもキメて、目ががっつり開いた状態でその時間を待つ。

 初配信。どれだけの人々が来るかは分からない。当然やれることはした。推しのためだからって対人交流に手は抜いてない。いつも通り全力で対応して、真っ直ぐに答える。これだけ。それから宣伝活動にいろんなところへの挨拶回り。やることはやった。

 だからって拭えぬ緊張感と差し迫る時間は、あたしを動揺させるのに都合の悪い毒だった。


「やば、手のひらめっちゃ汗かいてきたし。はー、Vtuberでよかったー」


 マウスはベチャベチャだけど、実際に画面には映らない分Vtuberでよかったと心から思う。

 モデルもちゃんと動く。配信ソフトだってあとは配信開始を待つだけ。

 この待つだけの時間が、恐ろしく怖い。始まれば文字通りすべてが始まるのだから。


「……音瑠香ちゃんのツブヤイターでも見よっと」


 特に何も書いてないだろうけど、何も見ないよりはマシなはずだ。だから……。


「……え?」


:秋達 音瑠香@セルフ受肉Vtuber

今日はわたしの友だちの初配信見るから、配信はその後ね

【URL】


 友だち。


「友だち……」


 これ、さっきのツイートだ。ほんの数分前の。そりゃあ通知にも気づかないわけだ。

 でも。でも、それ以上に……。


「友だち、かー!」


 そっか。そっかぁ、あたしのこと友だちって思ってくれたんだ。

 やれることはやった。それは当然推しの応援も全部ひっくるめて。あたし、音瑠香ちゃんの支えになってるんだって思ったら勇気が出てきた。ニヤついてきたと言ってもいい。

 あー、なんか。人生で1番嬉しいかも。


 勇気を胸に、決意を指に。配信開始ボタンを押下する。

 待機画面から、配信画面を開く。そこには非常にニヤついた顔をした自分の、これからあたしの生き写しになる朝田世オキテの姿がそこにあった。


「おきてーーーー!!! 朝だよーーーー!!! バーチャル目覚ましギャルの朝田世オキテだよ! 今日はあたしの初配信に来てくれて、ありがとね!」

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