第6話:青の散歩。いつも寝たい猫耳系配信へようこそ
今日、教室に来て第一声に聞いたことは何だ? と言われたら、こう答えると思う。
「赤城、Vtuberすんの?!!」
「えっ……」
正直ドン引きした。赤城って誰だか知らないけど、Vtuberを始めるらしい。
そして話している相手はいつも挨拶してくるギャルだ。うわぁ、あんな陽キャがVtuber始めたらみんなそっち行っちゃうなぁ。そしたらわたしの登録者数なんてあっという間に超えていくんだろうなぁ……。はぁ。鬱だ、死のう。
と言うのは嘘で、とりあえず聞き耳を立ててみることにした。
どうやらデビューするのは赤城といういつも挨拶してくるギャルらしい。
なにか思うことがあったのかと思いきや、即Vtuber準備って行動力の化身か? お前の身体は思い立ったが吉日でできているのか?
イラストレーターの名前は聞き取れなかったけど、どうやら神絵師らしい。いいなぁ。わたしも一度はにか先生にモデルを委託しようと思ったんだけど、高すぎてやめたんだよなぁ。神絵師さんはみんなそれだけのお金を収入で得ることのできる実力を持っている。はぁ、わたしもなれたらよかった、神絵師に。
陽キャと神絵師が合わされば、それはもう登録者1万人も夢じゃない。
あーーー、嫉妬。嫉妬の嵐が渦巻きそうだ。これはイヤホンで音楽でも聞きながらツブヤイターを見ていよう。
あー、今日もタイムラインは静かだ。平日の朝だししょうがないか。それにオキテさんもいつものようにおはよう呟きに返事をくれている。有り難い有り難い。
「でもこの人、結局男か女か分からないんだよなぁ……」
呟きの内容的にはバイトもしてるみたいだから、大学生かな? うーんわからない。
基本的にこのVtuber、バーチャル目覚ましギャル系と銘打っているだけあって、朝の挨拶がうるさいのとランニングは朝が1番気持ちいいって言う情報と、コスメの情報ぐらいしかないんだよなぁ。
あっ。あと何故かわたしの呟きには100%いいねをくれる。
嬉しい。嬉しいんだけどさぁ。なんか1周回って怖いよ。何もしてないのに怖い。何もしてないのにこんなに好かれることあります? 無いよね?! だから怖いんだよぉ……。
思わず身体を机に突っ伏して頭を抱える。
わたしはいつまでこんな気持ちを続けなくてはならないのだ! うぉー!
「よっ。おはよっ!」
「えっ?! ぅあ! お、おはようございます……」
また声が震えてしまった。いきなり襲撃してくるなんて思わないじゃん。はー、びっくりした。
あのギャルも悪気があるわけじゃないんだろうけど、妙にわたしに絡んでくるしよく分からない。
そういう意味ではオキテさんも、あのギャルも似ているっていうか。行動原理が微妙に単純と言いますか……。
とりあえず今日は学校が終わったら、イラスト仕上げてキャットウォーム配信の準備しなきゃ。
モヤモヤはするけど、切り替え切り替え。Vtuberは頭の切り替えが重要なんです!
◇
「こんねる。バーチャルいつも寝たい系Vtuberの秋達音瑠香です。今日も眠い」
露草:こんねる!!!! 今日のサムネ何?! かわいい!!!!
「えへへ、ありがとう」
ふふふ、今日も露草さん見に来てくれてる。嬉しい。
早速本気出して描いた猫耳音瑠香を褒めてくれる。目の付け所が違うね。流石だと褒めざるを得ない。
「今日はキャットウォームっていうゲームをやるんだ。だからサムネも頑張って描いてみた」
露草:めっちゃかわいい! もっと見せて!!
「これだよ。ちょっと待ってて」
へっへっへ、これだよこれ。やっぱ可愛がられたり、褒められたりするとテンションが上がる。この瞬間だけはVtuberやっててよかったって気持ちになる。猫耳音瑠香のイラストを描いただけなのにだよ? すげーぜVtuber! できればもっとこのイラストはみんなに見てほしいけど。
別に力を入れたわけではないっていうか、さ。元々わたしの拡散力なんてたかが知れてるものなのは分かってる。分かってるけどーーーー、承認欲求の怪物が暴れる~~~~~!!
「ど、どうかな?」
露草:すごいかわいい!! 5万回いいねした!!
「えへへ、大げさだよぉ~」
嘘、もっと褒めて!! でもこんなことで満足する小さい女に収まりたくないのも真実!!
って、今日はちゃんとゲームするんだった。事前にキャプチャーした画面を用意して、動かしてみる。おぉ、ホントに猫が動いてる。かわいい。
「えっとね。このゲームは猫になって街を歩くみたいなゲームで……」
露草:へー! 猫ちゃんかわいい!
「だよね! はー、家でも猫飼いたい……」
ま、ペット禁止で飼えないんだけども。
露草:あたしも猫ちゃん飼いたい~!
「ねー。じゃあ歩いていこうかなー」
しばらく路地の隙間やら、塀の上などを飛び回るようにして歩く猫の主人公だけど、その動きがすごい。力の入れ方が半端じゃない。
どの生き物も四本脚で動くなら後ろ足を地面で蹴ってジャンプするんだけど、その中でも猫らしさというか、しなやかな前足での着地からの音もない飛び移り方にほう、と声を出してしまう。
さらに丸いものには特に反応したり、音が鳴るものに目移りしたり。反応が猫らしくてかわいいんだ。
可愛すぎて喋るのを忘れてた。
「あ、夢中になってた」
露草:草
「あはは、ごめんね。ずっと喋ってなくって」
マルチタスクがどうこうって話はレモンさんとしていたけれど、こんなにもゲームに夢中になってたらそりゃチャンネル登録者数なんて増えないよね。
露草:いいよ、夢中になってる音瑠香ちゃん可愛かったから!
あぁ、全肯定露草さんが全身にしみる……。
傷心の傷口に塩をねじ込まれているような痛みすら感じてしまうもんね。あー、罪悪感半端ない。もっと喋らないといけないのになぁ……。
「でももうちょっと喋れたらなぁ、ってことは多いけどね」
露草:音瑠香ちゃんはかわいい音瑠香ちゃんだからいいんだよ!
うぅ、露草さんの言葉が突き刺さる。責任とか期待とかそういうのが。
あのギャルみたいに周りに気を配れるような人間になれたら、もっと人が多いのかなぁ。って、考え始めたらいろんなことがモヤモヤと頭の中に悩みが浮かび上がってくる。
やめやめ。このまま考え事しててもしょうがない。
「ありがと。じゃあ続きやっていくね」
わたしは惰性でやっているだけで、もうちょっと伸びたらいいなって気持ちは確かにある。
けどわたしなんかの人間性と実力じゃ、そんなことも達成できないっていうことも分かってる。だからオキテさんに嫉妬するなんておこがましい。人間性とコミュニケーション力は、明らかにあっちが上なんだから。
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