第5話:赤の準備。準備中って何するの?

「えーっと、『モデリングの調整、よろしくお願いします!』っと。ふー、終わったー!」


 お風呂上がりにVtuberのモデル担当である白雪にか先生にDMのやり取りをして、スマホと身体をベッドの上に放り投げる。

 あー、冬ももうすぐなんだろうなぁ。寒い。寒すぎて暖房付けるかつけないか迷っちゃうぐらいだもん。でもつけちゃうもんねー、へへっ。あたしの暖房費は全部お母さんが払ってくれるしー!


「マージバイトしててよかったー。必要なもん全部あるよね?」


 おかげで朝田世オキテとして活動することができそうだ。

 まぁパソコンを買って、モデル代にマイクにWEBカメラって、機材を買い足していった、あたしのお財布の中身はすっからかんになっちゃったんだけどさ。

 今度からコスメとか服とかどうしようかな。まさかこんなにかかるなんて思ってもなかった。


 Vtuberにデビューする上で必要なことの定義はあたしには分からない。

 調べてみたら一枚絵だけでVtuberとしてデビューしている人もいれば、カスタム3Dモデルなんて言うものもあるらしい。当然、そんな知識に乏しいあたしは全体的にはてなマークを浮かべてたわけだけど。そんなところに音瑠香ちゃんの好きな絵師さんの話だ。


 白雪にか先生。

 最近売り出し始めた新人イラストレーターさんだ。

 以前からその繊細なタッチから描かれるかわいいイラストの数々は多くのフォロワーを魅了してきた。

 音瑠香ちゃんもそのイラストレーターさんの大ファンだという話を聞いて、あたしは決心したんだ。あたしのVtuberモデルは白雪にか先生がいいと。

 そんなわけで行動即断即決でお仕事を依頼。お金は払うから、超特急でお願いしますと言ったら、立ち絵の時点で2週間かからずに提出してきてくれた。

 そのデザインもまたなかなかえっち……。じゃない、素敵なものであたしの想定以上のものでびっくりしちゃったもん。


 それから一番最初に音瑠香ちゃんをフォローして、フォローが返ってきたら他のVtuberさんと繋がり始めた。

 全ては、音瑠香ちゃんを有名にするために!


「ククク……。今に見ていろ」


 見える。見えるなー! 100万人登録者おめでとう、って泣きながら笑う彼女の姿が!

 だが、現実は非情なもので、推しはいつまで経っても登録者61人程度だった。

 どうして……。いや、あたしが変えてみせるんだ! 音瑠香ちゃんが有名になるためにはあたしは何だってやってやる!


 ってことで始めたVtuberだったけど、これが案外あたしの性にあっているのかも。

 交流を広げて、友だちを作って、更に交流を深めていく。言ってしまえばVtuberという学校の中で知り合いや友だちを増やしていくような感覚だ。

 要するにリアルでやってることと同じ。感覚が掴まえれば容易いものよ。クフフ。

 ということで浮き彫りになってくる問題もまたあるわけで。


「音瑠香ちゃん、友だち少ないのかなー」


 音瑠香ちゃんの周辺で動いてる人物をあまり見かけない、というのが今の現状だった。

 1人でほそぼそとイラストを描いているようなキャラではあったけど、それ以上に人と接することが苦手なように見えた。人見知りってやつ? 初見の人が怖く見えるって言うのはあたしにも覚えがあるけど、音瑠香ちゃんの場合はあたしが思ってた以上に根が深かったようだった。


「……友だち、か」


 人見知りってことは、初対面に対する心の壁も分厚いということ。

 むやみやたらに接近しても距離を取られてしまう。実際いまの状況がまさにそうだ。音瑠香ちゃんは多分あたしに怯えている。そんなところがかわいいわけだけど、露草のアカウントを使ってた時とは真逆なレベルで態度が違う。

 親しい友だちがいないのだろう。配信中に時々こぼすため息に寂しさを感じるわけだ。


「お話を聞いてあげたり、辛いときにそばにいてくれたり、かー……」


 似たような立ち位置として青原のような子を見て思い出す。

 あの子も友だち少なそうだし、そういう似てるところで音瑠香ちゃんと出会ったのかもしれない。これはもしかして運命的なのでは? それを知ったあたしもまさしくデスティニー!

 青原もいつかあたしに推しの話をしてくれればいいなー。


「そういえば青原と音瑠香ちゃんの声って似てるような気が……」


 うーん、音瑠香ちゃんの低く響いて優しく聴き心地のいい声と青原の声を比べる。

 ……。なくない? 青原の声ってめちゃめちゃ震えてたし。他人の空似か。


「さーってと! 巡回巡回! あとチャンネルの設備もしてー。そっちは明日でいっか!」


 ツブヤイターで友だちを作りながら、挨拶をしたり交流したり、スキあらば音瑠香ちゃんのことを話したり! うーん、これがVtuber準備中って感じする!


 ◇


「てな感じよ!」

「うわ、めんどくさ」

「えー、舞もVtuberやりたーい、とか言ってなかったっけ?」

「アタシバイトやってねーし。あと推し事で忙しい」

「うえー、裏切り者~」


 星守舞、というあたしの友だちにはVtuberを始めるということは伝えていた。

 実際彼女もVtuber準備中って何してるの? って気になってはいたっぽいし。まぁそれが結局コネづくりとチャンネル作成期間に直結するんですよねー。

 いや、マジで金かかるわ。Vtuber舐めてた。


「うるせぇ! アタシは叶 光夜かなえ てるよの大ファンなだけー!」

「その字面で『てるよ』って呼ばせるのキラキラ感あるわー」

「あんたの激推しに同じようなこと言ってやろうか?!」

「あぁ?! やんのか!!」


 という雑なやり取りもしてくれる大手Vtuber企業に所属する推しが好きなあたしのダチ。賑やかだし、楽しいから好きだけど、たまにあたしの推しをディスってくるのだけは許せない。音瑠香ちゃんが登録者100万人行ったときに覚えてろよ。


「で、初配信いつなの?」

「うーん、まだちょっと分かんないんよね。あと2週間ぐらいかかるって言ってた気がする」

「やっぱモデリングするにも時間がかかるんやなー」

「うむうむ。先生には感謝しかない、マジで」

「神絵師すげー!」


 ふふふ、もっと褒めるがいい。

 そうすればにか先生の知名度も上がり、昔から推している音瑠香ちゃんも鼻が高いってわけよ。


「おーし、授業始めるぞー」

「んじゃ後で」

「おう」


 授業が始まる戻りしな、青原と挨拶してないな、と思って横を通り過ぎて一言。


「よっ。おはよっ!」


 うーん、今日も1日頑張れそうだ!

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