第4話:青の通話。猫耳はみんな落ちる

 クラスのギャルとの会話の結論は気にせずに初配信を待つ、というものだった。

 曖昧な関係ほど優しくてぬるま湯に浸かれるものはない。だから初配信を待てばいい。待ってから、相手が男性か女性かを判断すればいい。ボイチェンとか使われてたらちょっと怖いけど、その時はその時ってことで。


 まぁ、問題は……。気にならないってことができないことなんですけどねーーーー!!!


「やっぱり無理があるって」


 わたしからは用事がないのに、向こうからは積極的に交流してきてくれる。

 それ自体は嬉しい。嬉しいことなんだけど、それ以上に彼女の中身が気になって仕方ないんだ。あんな相談した後だからこそ余計に気になるわけで。直接聞くのは臆病なので流石にできない。

 とすれば、このまま耐えるしかないのだ。耐えるしかないんだけどさぁ……。


「このもやもや、どうにかして発散しなくちゃ……」


 もう限界だった。ツブヤイターから目を離そう。

 アプリをそのまま終了させてから、ベッドにスマホをポイっと捨てる。そして対面するのはパソコンのモニター。今日は作業だ。イラストの作業して、今度やるゲームのサムネを完成させるんだ。

 板タブを敷き、ペンを持ち。そのまま1本の線を描く。


 ……。なんか違う気がする。消す。1本引く。違うなぁ。消す。1本引く。

 そうして30分の時間が経ったのだった。


「や、やば……」


 オキテさんが気になって、何一つ集中力できなかった。むしろ配信してた方が筆が動いたまである。

 うーん、今から配信しようかなぁ。でも時間がちょっと遅い。切りがいい所まで行くか怪しかった。でも人の声は欲しい。というかもやもやを吹き飛ばせるんだったら、コメントでも構わない。

 はぁ、仕方ない。こういう時に一番信用できる友だちに連絡するのが一番だろうなぁ……。


 意図的に避けていたスマホを拾い上げれば、ツブヤイターのDMを表示させる。

 そしていつも通り、わたしの数少ない友だちに連絡をする。確かさっき見たら配信はしていないみたいだし、向こうも裏で何かやっているかもしれない。そう考えていると、返信はすぐ返ってきた。内容は単純で、作業通話しよ、って聞いたら、サムズアップの絵文字が1つ。OKってことなんだろうな。

 早速ヘッドフォンを装備して、通話用のSNSを開く。

 ほどなくして、通話のコールが鳴ったので受話器を取った。


「もしもし」

『どしたーーーーーーん、話し聞こかーーーーー???』


 ややノイズの入った高い声。特徴的なガビガビとした一種のロボット声のようなものはまるで女の子のような声色の調整がされていた。意外にも聞きやすい。とか、調整頑張ってる。とか周りからは結構そういうことを言われているようだ。

 彼女(?)の名前は緑茶レモン。俗に言うボイスチェンジャーを使ったVtuberであった。

 はてなをつけたのも、本来の地声は聞いたことないし、そもそも相手が男性なのか女性なのかすら分からないからだ。

 この人からは特にやましい気持ちとかは感じないから、ほどほどに仲良くなって、たまに通話するような間柄になっていた。いわゆる友だちだ。


 そんな友だちだが、今は通話を切ろうかと考えていた。


「切っていい?」

『嘘嘘、冗談だよ~! 音瑠香ちゃんの方から通話を誘ってくるのが久々だなーって思っただけ~!』

「そうだっけ?」

『大体ウチからだし』

「そういえば」


 この通り結構口調は緩いが、中身はしっかり者だ。

 お茶っ葉系妖精幼女Vtuberを名乗っているから、普段から厄介な視線を向けられたりしていそうなのに、大した女の子(?)だ。


『で、今日は何の話?』

「や、別に。お絵描きのお供に」

『ホントに何にもなくて草~!』


 まぁ、悩み事がないわけではないんだけどね。

 それを口にしたところで何も解決することはないし、逆にレモンさんを困らせてしまうだろう。それは嫌だなぁ、ってことで今日は特に何も言うつもりはなかった。

 代わりにわたしの沈黙に付き合って貰おうか! くくく……!


「…………」

『……音瑠香ちゃんってホントに絵を描くときは黙るよねー』

「んー? まぁね。みんなそんなもんだと思うよ」

『配信の時だけとはいえ、よくやるよ~』


 コメントがなかったら黙って線画をするし、あったら脳のリソースを会話に移すだけでいい。そういう意味ではマルチタスクには適したVtuberだと自負している。もちろん自慢することでもないから黙っていることが多いけど。


『前も聞いた気がするけど、どのぐらいのことマルチタスクできるの?』

「イラスト描きながら通話しながらソシャゲの周回とか」

『ウチ、それも怪しいかも』

「レモンさんはいいじゃないですか、FPSうまいんだから」

『ひとつのことしか出来ないとも言うけどね~』


 いやいや、FPSができることは十分強みなんですよ実は。

 ゲーム全般へたくそだからね。へへっ……。はぁ……。ヘタだからこそ画面映えはするってことで配信でもゲームをすることはあるけど、レモンさんのゲームセンスを見ていると、涙が出てくるよ。およよ……。


「ちなみに今は何やってるんですか?」

『えぺっぺ』

「あー」


 何がマルチタスクができないだ。会話しながらFPSぐらい普通にできてるじゃないか。


『音瑠香ちゃんは?』

「サムネです。次のゲームの」

『へー、タイトルは~?』

「キャットウォームってやつです。最近流行りの猫が街中を歩くゲーム」

『あったねぇ。ウチも気になってたなぁ、それ』


 いいでしょう。わたしはこれから猫になって、自由気ままに冒険するんだ。

 タイムラインに入ってきた『怖い』という情報は見なかったことにした。ま、まだホラー系と決まったわけでもないし。

 猫はいるだけで癒しだから……。わたしは癒しそのものになるんだ……っ!

 家はペット禁止だけど、猫飼いたいなぁ……。くぅ……。


『ってことは猫耳音瑠香ちゃん?』

「え?」

『猫耳音瑠香ちゃんは需要ある』

「いや。いやいやいやいや!! ないって、ない!」

『そんなことないよ~。猫耳は基本見たもの全員を落とせるね』

「……うぅ」


 今描いてるの、確かに猫耳の音瑠香だけど。か、可愛いけど。けどなぁ……。


「チャンネル登録者増えるかな?」

『増える! 増えるよ~! 拡散すれば』

「やっぱりそこか……」

『……ごめんねぇ~、そこだけは保証できなくって』


 まぁいいよ。割り切っていたことだし。

 少なくともレモンさんと、あと……露草さんに刺さってくれればいいかなぁ……。


「完成したら見てくれます?」

『もちろーん! 楽しみにしてるね~』

「はい!」


 それからマイクに入ってくるコントローラーのカチカチ音と軽い叫び声を聞きながら、わたしは自分のアバターである猫耳音瑠香を描いているのであった。

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