第2話:青の驚き。怖いギャルの悪巧み!

 個人Vtuberとは。

 簡単に言ってしまえば企業に属していない、趣味で配信しているようなVtuberを指す言葉だ。

 趣味、と一言に片付けてしまうが、その中には当然収益を得て本職として生業にしている活動者だっている。もちろんそういう人は大抵ごく一部の上澄みだけで、ほとんどの人は副業収益だったり、そもそもお金をもらってないケースが多い。

 もちろんながら企業ではないためサポートも受けづらいので、いつも病んでるし、うつっぽいことを呟いて、そのままフェードアウトしていくパターンだってよくある。

 というかVtuberが引退する理由なんて、病んで辞めるか、活動がつまんなくて辞めるか、私生活の都合で辞めるかのどれかだと思ってる。


 だから個人Vtuberが何をされたら嬉しいか? などと聞かれても、なんでも嬉しいから多すぎて困る。


「ほら! 呟きに反応するとか、配信にコメントを残すとか。そういうの! なんかいいことないかなー、ってさ!」

「あぁ……」


 だいたいそういうことしてくれたら、みんな喜ぶと思いますけどね!

 わたしだって音瑠香として活動している時は露草さんのコメントにどれだけ救われていることか。それにいいねや拡散なんかもしてくれて。どうやったら恩返しできるだろうか、と常に頭を悩ませているところだ。


「そういうのでいいんじゃないんですか?」

「あは! やっぱり?! でも、それだけじゃダメな気がするんだよねー。それってあくまでも延命処置にすぎないっていうか。応援するなら推しには伸びてほしいっしょ?」


 わ、分かるっ……!

 あんまり伸び過ぎると「あー、遠いところに行ってしまったなぁ」なんて勝手に思い悩んでしまうこともあるが、そういうのは大抵リスナーさんの嫉妬に近いことなんだと思う。

 わたしも有名どころのVtuberを推していたことはあったが、なんか遠い存在になっちゃったなぁ。と頭に思考がよぎって、それ以来見ないようになってしまったこともあるし。

 登録者が大体200人から300人辺りが逆に安心できてしまうかも。

 結構いるなー、と満足しながらVtuber人生を長続きできる数。これはわたしの考えた結論です。


「ちなみに、どれぐらい伸びてほしいんですか?」

「んー、本人のやる気次第だけど。収益化ぐらいしてくれたら推し事が捗るから嬉しいなー、って!」


 わ、ビッグだなー、この人。

 こういう人がVtuberを支えていくんだなー。ふむふむ。


「いっそ身内にでもなれたら、直接投げ銭できるんじゃないですか?」

「身内。身内って、それはいいの?」

「まぁ親しい間柄なら、別にいいとは思いますよ」


 わたしは嫌だけど。

 ツブヤイターのダイレクトメールに「投げ銭したいんで口座教えてください!」と来たときには絶縁宣言をしても構わないとすら思ってる。

 ガチ恋勢っていうか、それはもうストーカーなのよ。


「親しい間柄って?! リスナーじゃダメかな!!」

「ダメってことはないですけど、配信者とリスナーじゃ立場が違いますし。あと必ずしも投げ銭だけが支えるための方法じゃないっていうか……」

「と、言うと?」


 ここから先は正直わたしが、ということではなく、秋達音瑠香としての意見にはなると思う。でもリスナーとして支えていく方法って、何もお金とか物とかだけじゃないはずだ。


「お話を聞いてあげたり、辛いときにそばにいてくれたり、とか。そういうのでもいいと思うんですよね、わたしは」

「ふーん……」


 な、なんだ。その含みのある「ふーん」は……。こ、こわい。ギャルこわい。


「確かに友だちが辛いときは話を聞いたり、慰めたりしたらめっちゃ嬉しいって思うし。案外Vtuberも変わんないんだね!」

「Vtuberも所詮は人だから」


 1人で社会を形成しようとしても、失敗するのは目に見えている。

 同じ同業者や知り合いのツテを使ってお客さんを引き込んで、環境を作っていく。

 そう考えると、人のやることなんてみんな対して変わらないのかも。


「そっかー。……青原って案外話分かるやつだね!」

「そ、そっすか……」


 本人がVtuberなだけなんですけどね。へへっ。

 というかこの人、わたしなんかの名前知ってていつも挨拶してくれてたんだ。

 わたしは相手の名字も曖昧なのに。確か可愛らしい名前をしていた気がするけど、多分聞いたことない。興味もないし。というかギャルの下の名前とか怖いし!


 でも沈みかけの夕暮れなのに、にしっとしたとても輝く笑顔がとても印象的で。あぁ、この人は本当にいい人なんだろうな、と思う。こんな可愛い子に推されるVtuberがいるだなんて、なんだか嫉妬してしまうな。


「いいことも思いついたしね! ヒッヒッヒッ!」

「え、怖い」

「そんなことないよー! じゃ、また明日ー!」

「あ、はい……」


 走り抜けていく背中を見て思う。本当に嫉妬してしまうなぁ。


 ◇


露草:ねね、好きな絵師さんって誰なの?


「え、どうした急に」


 配信を始めて大体20分が経過していた頃だろうか。

 今日もお絵かき配信ということで、雑にペンを握っているけど、挨拶したかと思えば露草さんが突然そのようなことを質問してきた。

 露草さんとイラストレーターさんには接点がないようにみえるんだけど。ツブヤイターでもそういった話題はしないし。じゃあいったい何が目的なんだろう?

 まぁいいか。知られて困るようなものでもないし。


「白雪にかさんってイラストレーターさんだよ。最近ご依頼とか受けてくださるようになったんだけど、こう、線がとても綺麗で繊細なのに全体を通してみたらすごく可愛さに溢れたイラストを書いていてね? ギャルゲーとかにありそうだけど、なんか違うっていうか。その人独特の世界観が絵となってこの世に具現化していると思うと、この人のファンでよかった。とか、この世に生まれてハッピーだ、ありがとうにか先生……。って感じで蒸発するの。いいんだよねぇ……」


露草:激推しじゃん!


「そうだよ激推しだよ! 神は、実在する!」


 ここまで語っておいて「ドン引きだわ」と言われないだけ、やはり露草さんは優しい人だ。好き好きむちゅーってしちゃう。しないけど。


露草:そっかー! じゃあ楽しみにしないとね!


「え? うん。もちろん新作はいつも全裸待機だよ!」


 まぁそんな感じで露草さんとそういうやり取りをしたのが、大体2週間前のことだったと思う。

 今、わたしが目の前にしているのはにか先生の新作だった。

 明るいブラウン色のツーサイドアップ。太陽をモチーフにしたヘアゴムに右頬には赤い花丸のフェイスペイント。

 うわ、かわよ……。目線を下に配れば際どい服装に恐れおののく。にか先生、こんなイラストも描くんだ……。新しい境地だなぁ……。


 なんて呆然と立ち尽くすしかなかった。


 朝田世 オキテ@Vtuber準備中


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